空の兄弟〈後編〉

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 その隣で、悟が機嫌を損ねながら釣糸を垂らしていた。

 魚は釣れないし、話しかけても鷹は何も応えないのだ。

「た、お前、なんでこんなところにおるねん」

 悟は欠伸をしながら言った。

「お前は家におればええねん、家に!」

 釣糸を水中から出し、ぶら下がった釣針に餌すら付いていないのを見て、悟は舌打ちした。

 しかし次の瞬間、悟はぱっと顔を明るくさせた。

 家に向かうはずの風結子が、こちらに歩いてくるのが見えたからだ。

「やっぱり、いた!」

 風結子は二人を見つけて、大きく手を振った。

「家に行こうとしてたんだけど、人影が見えたから」

 鷹はこの愛しい少女の出現に戸惑い、歓びを感じた。そして驚きもした。

 風結子が、短いみつあみのおさげに髪を結っていたから。

「変、かなあ?」

 鷹の視線に気付き、風結子はおさげの先をぎゅっと握りながら言った。

「へえ、た、お前の言う通りやったなあ。
 よう似合うで、風結子ねえちゃん」

 悟が、鷹にだけは絶対に向けない無邪気な笑顔を、風結子に向けた。

 風結子も、えへへと照れて、肩をすくませた。

「座れば? 帽子、もうすぐ出来上がるから」

「うん、待ってる」

 鷹が、相変わらず風結子と話す時にだけ出る愛想のない口調でそう言うと、風結子は悟の隣に座った。

 この事は、鷹をとても安心させた。





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