空の兄弟〈前編〉
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風結子は泣き崩れた。
おっとりとした口調でものを喋る風結子が、こんなに感情をあらわに取り乱すなんて。
そして、こう蚊細く呟いた。
「皆、皆、大嫌い。
私は一生、非国民呼ばわりされるんだわ…」
その瞬間、風結子の左頬に衝撃が走った。
鷹が平手で叩いたのだ。痛くはなかった。だって、力が入ってなかったから。
風結子の意識がちょっとだけ混乱したのは、脳を軽く揺さぶられたからだけではなく、鷹がこう続けたからだ。
「あんた、戦争が永遠に終わらないなんて、そんな事を思っているんじゃないだろうな。
戦争が早く終わればいいなんて、誰だって思っているに決まっているだろう。
戦争が続く事は馬鹿な事だって、わかっているんだ」
兵隊になる事を望んでいるはずの鷹、どうしてそんな事を言うのだろう。
誰かが聞いたらそれこそ、非国民となじられるであろう、そんな危険な言葉を。
自分を慰める為のやむ無くの行動にしては、鷹の発声はあまりにも真剣味を帯びている。
「ーーじゃあどうして? どうして戦争はまだ終わらないんだろう?」
風結子は涙で濡れた顔を上げた。
鷹はまだ真っ直ぐに風結子を見ていたが、
「それは…そんなの、知るか」
分かりやすく瞳を揺らして、ごまかすように返された布をもう一度風結子に差し出した。
「ふ、ふふっ…青山くんらしいや…」
風結子は軽く吹き出して、指で赤くなった目を擦った。そして布を今度こそ受け取って、涙を拭うのに使った。
「なんだよ、それ」
鷹は口をとがらせたが、風結子が笑ってくれたなら、それでいいやと思った。
…