空の兄弟〈前編〉
87/91ページ
鷹は、風結子がなんでそんなことを言うのか分からなかった。
自分の夢を否定されて、正直、風結子の背中に向かって汚く罵りたい感情が沸いた。が、
(非国民なんか要らないんだよ!)
風結子の乳母の言葉と態度を思い出し、自分はそうでありたくなかった。
「ふふ、こんな事をいつも言うから、乳母のおばさんに非国民なんて言われるのね」
風結子は額を手で覆い、言った。
なんだか見透かされたみたいで、鷹は少々ぎくりとした。
「あのね」
風結子は鷹の方を向いたが、顔は上げないままでいた。
「私がここに来る前、近所に住んでいたおにいさんが中国へ戦争に行ったの。
陸軍の兵隊さんでね、私より八つ年上で…小さい頃から本当のきょうだいみたいに接してくれていたわ」
中国の戦地へ送られた兵隊──鷹の五つ上の兄もそうだ。今も前線で頑張っているはず。
「…そのおにいちゃんは戦死したわ。
彼の両親はひどく悲しんだの、もちろん私もよ。
でもね、周りの皆は彼の死を褒め讃えるの、お国の為によく戦ったって」
風結子の声が震え始めた。
「戦争なんか大嫌い。
人を殺して歓ぶ世の中…人が死んで歓ぶ世の中…
それを嫌だと言って、何がいけないの?
私は非国民なんかじゃない。
ただ、敵も人間だから…敵が死んで、敵の家族がおにいちゃんの両親のように悲しむかと思うと、戦争が馬鹿馬鹿しく感じるのよ。
でも皆は戦争、戦争、戦争。乳母のおばさんも、青山くんもその一人。
誰も私の気持ちなんかわからないのよ。
気ちがいだわ、自分のことしか考えていない。
誰だって、誰が戦争のせいで悲しくなっているかなんて、解ろうとしないのよ…!」
…