空の兄弟〈前編〉

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 鷹は、風結子がなんでそんなことを言うのか分からなかった。

 自分の夢を否定されて、正直、風結子の背中に向かって汚く罵りたい感情が沸いた。が、

(非国民なんか要らないんだよ!)

 風結子の乳母の言葉と態度を思い出し、自分はそうでありたくなかった。

「ふふ、こんな事をいつも言うから、乳母のおばさんに非国民なんて言われるのね」

 風結子は額を手で覆い、言った。

 なんだか見透かされたみたいで、鷹は少々ぎくりとした。

「あのね」

 風結子は鷹の方を向いたが、顔は上げないままでいた。

「私がここに来る前、近所に住んでいたおにいさんが中国へ戦争に行ったの。
 陸軍の兵隊さんでね、私より八つ年上で…小さい頃から本当のきょうだいみたいに接してくれていたわ」

 中国の戦地へ送られた兵隊──鷹の五つ上の兄もそうだ。今も前線で頑張っているはず。

「…そのおにいちゃんは戦死したわ。
 彼の両親はひどく悲しんだの、もちろん私もよ。
 でもね、周りの皆は彼の死を褒め讃えるの、お国の為によく戦ったって」

 風結子の声が震え始めた。

「戦争なんか大嫌い。
 人を殺して歓ぶ世の中…人が死んで歓ぶ世の中…
 それを嫌だと言って、何がいけないの?
 私は非国民なんかじゃない。
 ただ、敵も人間だから…敵が死んで、敵の家族がおにいちゃんの両親のように悲しむかと思うと、戦争が馬鹿馬鹿しく感じるのよ。
 でも皆は戦争、戦争、戦争。乳母のおばさんも、青山くんもその一人。
 誰も私の気持ちなんかわからないのよ。
 気ちがいだわ、自分のことしか考えていない。
 誰だって、誰が戦争のせいで悲しくなっているかなんて、解ろうとしないのよ…!」





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