空の兄弟〈前編〉
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二人は村で唯一の小高い丘を目指して、落陽を背負いながら歩いた。
「あの人、私の乳母さんなの。私のお母さん、お乳の出が悪かったんだって。
それでね、私の家、横浜なんだけど、私が乳離れするまであの人近所に住んでいたの。
そういう縁で私はここに疎開してきたんだわ」
鷹の前を歩く風結子が振り返らずに言う。
「さっきの言い合いは、今日私が朝に学校に行かなかったからよ。
空ちゃん、言ってなかった?」
「知らない」
首を横に振るだけにしようとしたが、自分に背を向けている風結子にそうするわけにはいかず、鷹はそう言葉で返した。
「空ちゃんって、空悟のことなのか」
「そうよ。どうして笑うの」
鷹が笑いを含んで言うので、風結子は振り返り首をかしげた。
「それに合う可愛げなんかどこにもないだろう、あいつには」
そうして話している内に丘に辿り着いた。
周りに家は一軒もなく、てっぺんに大きな木がひとつあるだけだった。
特に遠くの景色が見れるわけでもなかったが、それでも、村を赤く染める夕陽は美しいと思えた。
鷹は丘の中腹辺りのぼうぼうの草むらへ、割りと大げさに倒れ込んで仰向けになった。
「空悟の奴、あんたを姉ちゃんにしたいんだとさ」
隣に座ってきた風結子に鷹が言った。
「あんたの名前に風が入ってて、鳥は風で空を飛ぶから…とか言ってたな、あいつ」
「そうか、空ちゃんが言ってた空の兄弟って、そういうことなのね、ふふ」
感心して風結子は言った。
「ねえ、そういえば、空ちゃんが言ってたけど」
「何を」
風結子が顔を覗き込んできたので、鷹は慌てて被っていた学生帽のつばをつまんで、下に下げた。
悟が妙なことを言ったのか。
「青山くんの夢の話」
…