空の兄弟〈前編〉

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 それは、悟と清作と易の間を駆け抜け、洪助の目の前へ手を伸ばした。

 洪助は必死になってその手にしがみついたけれど、その手はとても不安定だった。

「──おい、両手で掴まっていないと本当に落ちるぞ」

 聞き覚えのある声に洪助は顔を上げた。

「おどれ、やるやんけ、た!」

 そう、手の主は鷹だった。

 四人が腰かけていた木の幹に右腕を掛け、落ちゆく洪助の右腕をとっさに掴むつもりが、逆に洪助が鷹の左手を掴んだのだった。

 洪助は手の主が目の敵であると知ると、眉間にしわを寄せ、奥歯をぎりぎりと噛みしめ、憎悪のかたまりが蘇るのを感じた。

 鷹が自分の右手首を掴んできたので、洪助ははっとして左手で鷹の指を剥がし始めた。

「あっ、何をしやがる、落ちたいのか」

「お前なんかに助けられるぐらいならなあ、落ちたほうがましだ!」

 鷹と洪助の指の格闘が始まった。

「──ああ、もう!」

 洪助の聞きわけのない抵抗は、鷹の左手の指に力を失わせつつあった。

 そして洪助の重さは、鷹を次第に崖へ引きずり込む。

 ぬかるみを踏みつける鷹の両足、木の幹に必死でしがみつく鷹の右手の指。

 忌々しくも雨がそれらを滑らせようとする。

「俺まで落っこちちゃうだろう!」

 苛々しながら鷹が言った。

「は! 俺を放せば済むことだろう? 俺は助けてくれなんて頼んじゃいないんだ!」

 洪助は吐き捨てるように言った。

 すると鷹は洪助の手首を加減なく握り潰した。

「ぎゃっ!!」

 洪助は堪らず大声を上げ、涙をにじませた。





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