空の兄弟〈前編〉

53/91ページ

前へ 次へ


「ふ、普通さあ、自分の宝なんて外に持ち出さないよなあ? なあ?」

「うんだ、おらなら家に大事にしまっとくべよ」

 二人はこの事件を悟の自己管理のなさで片付けようとしたが、

「やめろよ、そんな風に言うのは」

 洪助は、膝を地につけたまま小川を呆然と眺める悟を見ながらそう言った。

 洪助は立ちあがり、悟を立たせようとして悟の片腕を持ち上げた。

 しかし悟は洪助の手を振り払い、立とうとしない。

 悟は泣かなかった。

 いや、声をあげて泣くことをしなかっただけだった。

 自分の意志と関係なく涙が流れる。

 手の甲や指で何度拭っても涙が雨粒と一緒に地に落ちた。

 長い間目を大きく開いたまま涙を流したので、目の奥が痛くなった。

「おい、お前」

 腕を組んで洪助は横にうつむいてから言った。

「悪かったな、お前の宝物が失くなったのは俺のせいだ。
 俺がお前のシャツの中から取り出しさえしなけりゃあ…
 俺は鷹とは違うから、謝るぞ」

 この最後の言葉に悟は振り向き、洪助を見上げた。

「たとは違う?」

 悟は訊いた。

「あいつはあの時謝りもしなかった。
 お前があいつの身内だとしても、俺はあいつが俺にした様なことをお前にする気は全く無いんだ。
 俺は鷹とは違う…」

 洪助は悟と目を合わせてそう言うと、またふいっとそっぽを向いた。





53/91ページ
スキ