空の兄弟〈前編〉

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(悟、よく来たね、準備はできたのかい)

 病室の戸を開けると、母はそう言って悟を迎えた。

 母はすっかり弱っていた。上半身すら起こせなくなっていた。

(伯母さんの言うこと、よく聞くんよ。
 大阪から離れるのは辛いやろうけど、泣いたらあかん)

 悟は母に頭を撫でられて涙を滲ませていた。

(すっかり伸びたね。
 あんまり長くて気になるようなら、伯母さんに上手く切ってもらうんよ)

 悟は母の手をとって言った。

(お母ちゃん、俺、こんなところどうでもええねん。
 伯母さんのところ行くの楽しみやねん。
 ただな、お母ちゃん一人残していくのは嫌や。
 お母ちゃんも伯母さんのところへ行こ。元気になったら俺と一緒に行こ。
 俺、それまで待っててもええねんけどな)

 母が入院してから、悟は近所の家々でお世話になっていた。

 しかし、空子の死以来、悟は近所から避けられ、たらい回しにされていた。

 いつも腹をすかせた忌み子、いつ己が分まで食われるかと思うといやおうなく殺気立つ。

 悟はそんな殺気の中で怯えながら暮らしていたのだ。





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