空の兄弟〈前編〉
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(ねぇお母ちゃん、俺 、空のこと好きやったよ。
兄ちゃんて一度も呼んでもらえへんかったけど、それでも大切な妹やったよ。
なのにどうして俺は…?)
母の服の腹部が悟の涙で濡れた。
喚きもせずしゃくりあげもせず、ただ涙が目から落ちた。
母は悟の耳元で優しく囁いた。
(悟、お前のせいやないよ。
空子はね、お母ちゃんと同じで身体弱かってん。
今は戦争で物のない時やから、あの子に滋養つけさすことできんかったのや。
悟、ほんまにこの傷どないしたの)
悟は涙を手の甲で拭って、母から少し離れてから言った。
(近所の奴らに石投げられてん、一個でかいのが命中してもうたわ。
恥ずかしいわお母ちゃん、俺、この傷隠したいわ…)
母はしばらく黙って悟の頭をじっと見つめ、やがてこう言った。
(お母ちゃん、悟の頭坊主にするのやめることにするわ。
そうすれば髪の毛が伸びて、この傷見えんようになる。そうしよ、な…)
母の声が遠ざかり…悟の記憶の舞台はついこの前の母との別れへ移った。
…