空の兄弟〈前編〉

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 悟は丸2日風邪で寝込んだ。

 時々悪い夢でも見ているのかうなされていたが、熱は徐々に下がっていった。

「よかった、熱はひいたみたいだね」

 叔母の幸代が眠っている悟の額に手を乗せて言った。

「俺への説教はないのか、叔母ちゃん?」

 泥だらけだったのを幸代がきれいに洗濯した、悟の青ずきんに手を触れながら鷹は言った。

「そうしたいところだけどさ。
 私はお前がこの子を背負ってくるなんて思わなかったよ。
 だからお前がさっさと迎えに行かなかった事には、私は何も言わないよ。
 どうせこの子からすでに怒られただろうし」

「ふん」

「おや? 言い返しはその一言だけかい? ひょっとして図星?
 だとしても、お前がこの子に掴みかからないってのはやっぱり信じ難いねぇ。
 …もしかして、子供嫌いが直ったのかしら?」

 その言葉に鷹は素早く反応して、

「ちがうよ! 病人ぶん殴るわけにいかないだろ」

と怒鳴った。

 幸代は慌てて鷹の口を塞いで、悟にちらりと目をやりながら小声で言った。

「わかった、わかったよ。
 とにかく、悟くんが起きたらすぐに呼んでおくれね。
 何も口にしちゃいないだろうから、栄養のあるものを作らなくちゃ」

 幸代が静かにこの四畳半の部屋を出る直前、鷹は、

「叔母ちゃん、こいつの名前は空悟だとさ」

と言ったけど、聞こえなかったのか、幸代は足も止めないで部屋を出た。





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