ハジメの一歩

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 シューッと音を立てて、電車が止まった。

【○○駅、○○駅。出口は、右側です。開くドアにご注意下さい──】

 添乗員のアナウンスが流れて、ホノカのいるドアがゆっくりと開いた。

 予想通り、おっさんの手がホノカに伸びたけど、俺の言いつけ通りにホノカは素早く電車から降りたし、俺も人を掻き分けて、おっさんのショルダーバッグのストラップを掴んで、思いきり後方に引っ張った。

 おわっと下品な声を上げて、おっさんは尻もちをついた。そんなのには気にも留めず、どんどん人が降りていって、どんどん人が乗ってくる。

 やばい、俺も降りるタイミングを逃しそう。ドアのすぐ傍で立ち往生していた。

【プルルルル。ドアが閉まります。ご注意下さい】
「ハジメさん!? 早くっ…」

 この二つの言葉が同時に聞こえて、ドアの向こうからホノカの手が差し伸べられていた。

 とっさにその手を掴むと、ホノカは両手で俺の手を包んで、ぐいっと物凄い力で引っ張り上げた。

 寸でのところで俺はホームに投げ出され、電車のドアが完全に閉じた。

 ガタンゴトン…

 去っていく電車に、取り残されずに済んだ。あのおっさんは…ここで降りるんじゃなかったのかな? まぁ、どうでもいいけど。

 ホノカにいかがわしい事が起こらなくて、よかった。

「…もう、なにやってるんですか。
 ハジメさん、なかなか降りてこないから…焦っちゃいましたよ」

 何も知らないホノカは、大きく息をついて、胸を撫で下ろすように言った。

「はは…ゴメンゴメン。
 思ったより人の出入りが激しかったな。ホノちゃんの腕っぷしのおかげで助かった(笑)」

「もう…馬鹿力って言いたいんでしょう?」

「言わない言わない(笑)
 とにかく、サンキュな。よし、行くか」

「はい」

 そう言ってホノカは、握っていた俺の手をパッと離した。

 ホノカの手の感触が残っている内に、また繋げていたら。

 …これから起こる事は、きっと無かったんだろう。





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