ハジメの一歩

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 午後4時を回ったが、太陽はまだまだ明るい。

 でも、パラパラと帰途に着く人が増えて、俺達もその波に乗る。

 パラソルを売店に返して、俺達は再び海沿いの電車に乗り込んだ。

 行きは座れたけど、今は電車も混んでいて、ドアの隅で車道の渋滞を見下ろしながら立っていた。

「はーっ、今日は楽しかったなぁ」

 勇実が満足そうな顔でつぶやいた。

「フフ。いいの録れたしね。次の月曜に流すから、乞うご期待(笑)」

「そうだよホノちゃん、大学夏休みでしょ? また【きたいわ屋】においでよ。みんなでオンエア聴こうよ」

 タツミくんと勇実が代わる代わるに言うのを聞いて、ホノカは顔を輝かせたが、すぐにそれは曇った。

「あ…そうだった、何で忘れてたんだろ…
 ゴメンナサイ…来週に入ったらすぐに、剣道の合宿が始まるんです。
 …聴きたかったなぁ…」

 しょんぼりするホノカを見て、心の奥がギシッと軋んだ。

「俺だって、店の掻き入れ時だし、じっくり聴けねぇよ。録音して渡して貰わなきゃ。なぁホノちゃん」

 俺の言葉を聞いて、俺を見上げるホノカ。ふっと微笑まれて、また心の奥が軋んだ。

 …なんだ? これ。

「フフ、りょーかいです。
 …あ、俺、スタジオでちょっと作業するんで、先に行かせて貰います。
 イッサ達は、まだ時間早いし、どこかで話してたら?」

 待ち合わせた駅まで戻ってきた所で、タツミくんがそう切り出した。

「え、そうなの? もしかして、もう編集作業に入るの? だったら、私も行くよ。手伝いたい」

「フフ、そう? じゃあおいで。
 お二人は、どうします?」

 タツミくん、それはどーいう意味だ? キミらのジャマしていいのかよ。野暮だろ、それ。

「あー、俺達は…俺、ホノちゃん送ってくわ」

 ビックリして俺を見るホノカを、俺は見ないフリをした。

「うんうん。そうしてあげて。
 じゃあホノちゃん、またね。気をつけて帰ってね」

「あ、ハイ。イッサちゃん、タツミさん、今日はありがとうございました! 楽しかったです」

 角度のいいお辞儀をするホノカに手を振り、勇実とタツミくんは混雑する駅の構内の人の流れに乗って行ってしまった。

 その背中が見えなくなって、俺とホノカはやっと視線を絡めた。

「…ごめんな。ホノちゃんの意見も聞かないで、勝手に」

「いいえ」

 ホノカは首を横に振った。

「二人に気を遣ったんでしょう?
 ハジメさん、タツミさんに気ぃ遣いって言ったけど…
 ハジメさんも、なかなかですよ?」

 下から覗き込んで、ホノカの束ねた後ろ髪がサラッと揺れた。

 また、軋む。だから、なんだこれ。

「はは…
 …送ってもいい? 最寄り、どこだっけ。
 キタガワが確か、○○駅って言ってたから、ホノちゃんもそうか?」

「正解です(笑) お願いします」

 俺の一歩後ろを、ホノカはついて歩いた。

 チラチラと振り返る度、ホノカは笑う。



 …この距離、もどかしい。





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