ハジメの一歩

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【エ…】

 ホノカは絶句した。自分より上背のある、しかも全く力の入らない人間を、今から背負おうとするなんて。

【そんな…無理だって…】

【ホラ、早く。気合いでなんとかなるから。男子なめんな】

 キタガワがあんまりしつこいから、渋々と自分の腕をキタガワの首に巻き付ける。

 すると、キタガワはいとも簡単に立ち上がった。この小さい体のどこに、こんなパワーがあるのか。

 ホノカをおぶっている間、キタガワは何も喋らなかった。ホノカも何も言わず、ゆっくり流れる景色を見つめた。

 遠い日の記憶。父におぶられた。パッシングされたみたいに、急に脳裏に浮かんだ。



【…ううぅ…っ



 …おとうさん…】



 気付いたら、涙が流れていた。

 父が死んで、一度も出なかった涙。

 自分は感情をなくしてしまったんじゃないかとすら思っていたのに。

【…ふ…うぅ…ごめ…北川…
 シャツ濡れた…】

 キタガワのシャツの襟元が、ホノカの涙でぐしょぐしょになった。

【気にすんなぁ。
 泣けてよかったなぁ。
 元気だせよ。

 ………ホノカ】

 故人を偲んで泣いている相手に、適切とは思えない言葉を投げたキタガワ。

 でもホノカは、そうは思わなかった。優しい父と重なったから。それで、涙がまた溢れた。

【な…んで…急に…名前…?】

【いーじゃん。ホノカも、俺の事ユーキって呼んでいいよ?】

【イ…ヤダ…アンタは一生…北川でいい…】

【ひでー(笑)】

 ホノカがぐしぐし言うのを、キタガワは笑って聞いていた。





 これ以来、キタガワはホノカをホノカと呼び続けて…

 ホノカは…形にならなかった悲しみから、一歩抜け出すことができたという。





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