ハジメの一歩

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 潮風がタツミくんの黒髪を撫でて、ふわりと揺らした。

 一枚の絵を見ているみたいに、時間が止まったように感じた。

「………」

 俺、多分へんな顔してる(笑)

 結婚を視野に入れている事。イッサじゃなくてイサミと呼んだ事。それを誰にでもない俺に言った事。

 彼が本気なんだって思わせるには、十分な材料の気がした。

 真っ直ぐで大きな瞳に見つめられながら、タツミくんが続けるのを聞く。

「俺ね。俺だけじゃなくてイサミも。
 ハジメさんにすごく感謝してます。
 ハジメさんがいなかったら、俺たちはあの時に…切れていたはずだから」

「ん…そうか? そんな事は…
 キミらはなんだかんだで、繋がり続けたと思うけどな」

「ちがいますよ」

 タツミくんは穏やかに、でも刺すように言ったから、俺は少し気圧された。



「俺…

 イサミをあいしてる。

 ずっと俺の…

 …横にいて欲しい」



 タツミくんの瞳の奥が揺れたように見えた。

 俺に誓いを立てる理由は、真意は、何?

「それ…は…アイツに言えよ(笑)」

「あは…そーですね(笑)」

「もしかして…俺、練習台?(笑)」

「(笑) そうかも(笑)」

 お互いひとしきり笑った後、タツミくんはふぅ、と息をついた。

「あー…言えてスッキリした。
 向こう戻りますか?

 …今の話、内緒にしといて下さい(笑)」

 そう言って、タツミくんは先に海へ潜り込んだ。



 俺は…タツミくんが言った事を頭の中で反芻しながら、首に手を当ててポリポリと掻いた。

 いつ、プロポーズするんだろ。勇実のヤツ、驚くだろうな。

 あいしてる。

 その言葉を口にするのがあんなにも似合う男を、俺は初めて見た。





 ちなみに…後日談で…

 タツミくんは年が変わる前に、勇実にプロポーズをしたと聞いた。

 ラジオのCMの間に、誰にも聞かれないように、俺に言ったのとほぼ同じ事を言ったらしい。

 もちろん、勇実の返事はオーケー。

 どおりで、あの日のあの時間、CMがやたら長かったワケだ(笑)





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