呼吸を重ねて

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「ほうじ茶と玄米茶、どっちが好き?」

 そうやってしばらく冷やされながら、ハジメさんに聞かれた。

 二つのペットボトルを頬から離して見比べる。

「玄米茶かな。ハジメさんは?」

「俺も玄米茶好き」

「じゃあ私はほうじ茶で」

「なんで。好きなの取ってよ」

「どうして。ハジメさんが好きな方を飲んで下さいよ」

「ダメー(笑)」

「もう、なんでですか(笑)」

 譲り合いの言い合い、私達の間では結構しょっちゅうある事。

 外である事を忘れて、銭湯から出てきた他のお客さんの通りすがりながらの視線を受けて、やっと我に返った。

「わかった。じゃあこうしよ。半分飲む。交換してもう半分。どう?」

「いいですよ、そうしましょ」

 車に戻るまでの道すがらで半分を飲み干して、車に乗り込んでお茶を交換する。

 エンジンを暖めている間、お互いに口を付けているペットボトルの飲み口に目が行く…

 夕飯前の熱いキス。夕飯中の耳に寄せられた甘い痺れ。

 こんなにも生々しく刻み込まれてるのかって、自分でもビックリする。

 私がそうするより先に、ハジメさんが視線を外して、ぐいっと残りのお茶を飲み干した。

「出発して平気?」

「あ、ハイ。行って下さい」

 同じように飲み干して、シートベルトを閉めようとバックルに留め具を差し込む所で、ハジメさんが手で覆ってきた。

 え? と顔を上げると、ハジメさんの顔がすぐそこにあった。

 キスされる。

 と思ったら、空いている方の手で、結わないで無造作に下ろしていた生乾きの私の髪を撫でるように触れた。

「もう、このままなの?」

「エ? ハイ…こうしてる方が、風が通って乾くの早いから」

「ふぅん…
 いいね」

「また。何がですか。もう」

「そのままにしててよ」

「どうせ乾くまで結えませんよ」

「だから、乾いても、そのままで」

「エェ? いいですけど」

「やった」

「なんなんですか、もう」

「オトコゴコロは分からんでしょ(笑)」

「知りませんよ、もう」

 ハンドルを握りながらクククと笑うハジメさんをほっといて、流れる窓の外の景色を眺めた。

 ふと空へ目を向けると、薄く雲が夜空を覆い始めていた。

「あら…雲行きが怪しいなぁ。
 星、見れないかな?」

 前を向いたまま、ハジメさんが呟く。

 ちょうど私もそう思った。

 ハジメさんと一緒に天窓から眺めたかったのにな。





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