呼吸を重ねて

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「僕のツレが…お世話になりましたかね?」

 さっきの迫力顔から一転してにっこり笑顔のハジメさんだけど、営業スマイルだなと思った。だって声が低いまま。

「いや! 僕がうっかり指輪を落としてしまって…
 彼女さんに拾って貰いました」

 指輪の彼が指輪を嵌め直しながらそう言うと、

「あ…そうなんですね」

 ハジメさんは気まずそうに顔を赤らめた。知らない男の人に声を掛けられてるって思ったのかな。

「ふふふ…俺にもあったなぁ、近寄るヤローが全部敵に見えちゃうの(笑)」

 そう言って彼は、ふと遠くを見た。視線の先には、小さい女の子をあやす女性の姿。

 前下がりのボブの彼女はとても優しい顔をしていて、まだ少ない前髪を可愛らしいヘアピンで留めている女の子と一緒に【パパー】と手を振っていた。

「奥さんですか」

「そう」

「お子さんかわいい。おいくつですか」

「へへへ。まだ1歳4ヶ月なんだ」

 そう言って眩しそうに目を細める彼は、奥さんに負けず優しい顔をする。

 話を聞くと、会社のメンバーと家族ぐるみでバーベキューに来ていて、釣り堀で釣ったマスを下処理しようとして指輪を外した矢先…で、今に至るという事だった。

「あの、よかったら僕やりましょうか? 調理師免許持ってるんで…
 失礼な態度をとったお詫びをさせて下さい(苦笑)」

 ハジメさんがおずおずと申し出たのを聞いて、彼は顔をパッと明るくした。

「ほんと? 実はどうやったらいいのか分からなくて困ってたんだよ。
 教えてくれる? 出来れば自分でやりたいんだ」





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