呼吸を重ねて
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「わ…っと…」
私の右隣にいた男の人が、転がる指輪を追って手を伸ばす、でも届かなかった。
私が咄嗟に指輪を右手で覆って止めた。危うく排水口に入ってしまう所だった。
「あっ…ありがとう、キミ」
焦った顔で男の人が私を見た。
ハジメさんと同じか、少し年上に見える人。固そうな黒い短髪が印象的。
「あぶなかったですね…大事な物なのに、どうして外しちゃうんですか?」
「えっ」
彼は私の手のひらの指輪を摘まみながらビックリした。
「名前、彫ってあるから」
視力はいい私、手のひらに乗せた時に裏側の名前が見えた。のはほんの一部で、【Meiko to ーーー】だけ読めた。
「ウン。結婚指輪」
「わぁ、だったら尚更…」
「魚臭くなったらイヤだから…」
「あっなるほど…でも落とすなんて、奥さんに泣かれちゃいますよ。メイコさんっていうんですか?」
「はは、キミはどんだけ目がいいの(笑)
ハイ、気を付けます。とにかく、ありがとうね」
彼がそう言い終わらない内に、
ガシャンッ
私の隣でまたも金属音、そして帰りを待っていた人の声。
「ホノちゃん…
ドナタかな、ソチラは」
まな板や包丁、ボウルなどを少々乱暴に置いたハジメさん。目が全然笑ってないです。
「えーと…
その迫力のある人は…キミの彼氏かな?」
指輪の彼は苦笑いをしながら私に聞いた。
…