〈改稿版〉traverse
96/171ページ
「…こんばんはぁ。マッサージ屋のおねえさん」
視界が突然開けた。両目を覆っていた生温かい物、手だったようだ、遠ざかった。
同時に、聞き覚えのある声に背筋がゾッとした。
「あなたは…」
「先日は気持ちいいマッサージを、どうもありがとうございましたぁ」
言いながら、私の両肩を壁に乱暴に押し付けたのは…典ちゃんをつけていた、あのサナダだった。
「なっ…なにを、なんで、こんな事をっ…」
サナダの手首を掴んで逃げようと試みるけれど、悔しいくらいビクともしない。
「キミ、ノリコちゃんと仲いいっぽいよねぇ? ノリコちゃんの事、ちょっと教えてよ」
口調はおっとりだけど、目は笑ってない。やばい。早く…逃げないと…
「僕ねぇ、ノリコちゃんの笑顔に癒されて…僕を案内してくれる時のあの優しさ…はぁ、可愛くてもうたまんなくてねぇ」
そりゃきっちり仕事をしてるからだよ、愛想の悪い受付なんて誰だってイヤじゃんか、と突っ込みたいのに、とにかく気持ち悪くて声が出ない。
「なのに、一昨日、あの店に男が来て…ノリコちゃんと帰ってった…
…なんなんだ? 付き合ってるヤローなのか? なんであんなのと? 僕だけに微笑んでくれてたのに…なんで…」
うわ、もう、なんて独りよがりなんだろう。と思った瞬間、サナダの手の力がふと抜けている事に気付いた。
サナダの手を思いきり外側へ払い退けると、サナダがバランスを崩してよろめいた。
路地の出口へ走ろうとした時、先程の強い力で肩を掴まれて、今度はダンッと強く壁に背中を打ち付けられた。
痛いと思う間もなく、サナダに両手を頭の上で固定される。
サナダの顔が近い。
「イヤッ…た…すけて…元ちゃんっ…」
…