〈改稿版〉traverse
86/171ページ
「ストー…ッ」
大声を出しかけて、慌てて口を塞いだ。典ちゃんの方へ身を寄せて、ヒソヒソと話を続ける。
「え…いつから? ダレなの、それ」
「ん…と、夏休みに入って、バイトのシフトを増やしてからかな…
何かされたワケじゃないんだけど…バイトが終わって駅に向かう時とか…たまに本屋さんとかに寄ったりする時に…一定の距離を保ってだけど…ついてきてるみたいで…
あのね…お客さんなの。入店したのは、勇実ちゃんがいない時の2回くらい…
今日も来るのかなって…ちょっと怖くて」
「そうだったんだ…カレには、話した?」
「うん…心配してくれて。最近は、彼も夏休みだし、お店まで迎えに来てくれるんだ」
「うんうん。よかった、安心だね。
それにしても、もう。なんなのソイツ。典ちゃんに怖い思いさせてさ…ばかじゃないの。
典ちゃん、私がいる時に来たら教えてよね」
ひとり憤慨していると、典ちゃんはクスクス笑って、
「うん、ありがと、勇実ちゃん。
はあー、勇実ちゃんに話してちょっとスッキリしたぁ」
と言った。少しでも典ちゃんに暗い顔をさせたソイツが、憎たらしいよ。
ランチを終えて、勤務に戻った。仕事をこなし、私達の上がりの時間が近づく。
その時、一人の男性客が入ってきた。
「いらっしゃいませー」
私達が施術台のセッティングをしている所だったので、潤子さんが受付に立った。
典ちゃんの動きが止まる。
「? 典ちゃん?」
典ちゃんを見てビックリした。顔が真っ青…
「…勇実ちゃん…あのヒト…さっき話した…ついてくるヒト…」
そう言って典ちゃんは、受付の方に背を向けてしまった。
…