〈改稿版〉traverse
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樹深くんが実家に帰っている間、学校もお盆休みという形で一週間休みになった。
火水木金に講習を詰め込んでいる私は、そのお盆休みの間、土曜日に加えて火水金も潤子さんのお店で整体実習を、木曜日は元ちゃんと丸一日過ごす事にした。
そんな予定を、月曜に喫茶KOUJIでボンヤリ考えていた私。
樹深くんがいないから、前の定位置だった窓際の席に座っていた。
「勇実ちゃん、なんで今日はこっちなの? あ、彼が来ないから?」
モーニングを運んできたマスターが、プレートを私の前に置きながら言った。
「うん、そう。樹深くんがいないと静かだよねぇ」
「そーね。キミらの会話がないとね。オジサン、寂しいんだけどなぁ」
少しションボリした様子で、マスターはカウンターに戻っていった。
樹深くんと距離を置くと決めたものの、正直に言うと、喫茶KOUJIではどのように接していけばいいのか、まだ答えが出ていなかった。
あの場所に関しては、私が止まりさえしなければ済む話だけど、ここは…。
私が急に食べに来なかったり、来ても樹深くんと全く話さなかったりしたら、マスターが心配するだろうな。
元の他人に戻るには…あまりにも樹深くんと関わり過ぎたし、樹深くんとの時間が楽し過ぎた。
昨日のライブの雰囲気を、感覚を、樹深くんの歌声を、あの場にいた自分を、忘れられるワケが…ない。
「…次の月曜、ここでの打ち上げくらいなら、いいかな?」
マスターに頼んで、ちょっと豪華なモーニングプレートにしてもらって、アイスコーヒーで乾杯でもしよう。
そう樹深くんにLINEしようとして…その手を止めた。
サプライズにしよう。だけどそれは建て前で、元ちゃんを不安にさせない為の、私なりの…。
焦点の合っていない目でスマホを眺めていると、元ちゃんから通知が届いた。
(まじ? 次の木曜、朝からいられるの?
うわー、何しようかな。勇実、なんか考えてる?)
さっき、木曜日学校お休みだから…と私が出したLINEの返事だった。
スマホの向こう側で、元ちゃんが嬉しそうにしてるって思ったら、すごくいとおしく感じた。
(なぁんにも。元ちゃんが考えてね)
(まじか! 絶対文句言うなよ?)
これでいいんだ。
このまま、元ちゃんと進んでいけばいい。
…