〈改稿版〉traverse
80/171ページ
「手前味噌ですが、ご静聴ありがとうございました」
樹深くんがそう言うと、よかったよ! おねえさんもいい声してたよ! という声が飛んだ。
「フフ、イッサ、プロ目指してみる?」
樹深くんがイタズラっぽく笑って言うから、
「いやいやいやいや! それは樹深く…お兄ちゃんだけやって下さい!
私は! マッサージ師になるんで!」
ものすごい勢いで首と両手を横に振りながら否定したら、ドッと笑いが起こった。最後の最後まで、漫才みたいな私達だった。
笑いが収まったのをきっかけに、ギャラリーはパラパラと散り始めた。
ナギサがおずおずと私の所へ寄ってきて、
「…この前は、早とちりでやっかんじゃってゴメンナサイ。親戚だったなんて。あなたの歌も、よかったです」
と言ってくれた。少々膨れっ面だったけど(笑)
そして樹深くんには、
「すっごくよかったです! 次も、観させてもらいますね」
私には絶対に見せない、ものすごいにこやかな顔で言った(笑)
「ありがとうございます。
次は…来週にやれるかどうか。ちょっと、実家に帰らなきゃならないんで」
帰り支度をしながら、樹深くんは言った。
じゃあまた、ちょこちょこ覗いてみますねと言い残して、ナギサは帰っていった。
同時に、樹深くんがパタン、とギターケースを閉じた。
「じゃーイッサ、俺、このまま実家帰るね。
次…逢ったら、打ち上げでもしようか?」
「樹深くん。あの、あのね」
私は樹深くんの言葉を遮った。言わなきゃ。
「私ね、もう、樹深くんとは…
これからは、きたいわ屋の帰り道でも、ここで止まらない。
喫茶KOUJIでも、長居しない。
これ以上…元ちゃんを心配させたくない…」
一気に喋った。途中で声が詰まりそうになった。
こんなに楽しかったのに。でも、こうしないと、元ちゃんがいつまでも安心できないんだ。
今自分が発した言葉が重た過ぎて、耐えきれなくて俯いてしまった。
「…分かってるから。
俺も…元さんに言われたから」
樹深くんの言葉に、顔を上げないまま目を見開いた。
…