〈改稿版〉traverse
75/171ページ
金曜日は、常連のおじさま達に見守られながらの打ち合わせとなった。
おじさま達は樹深くんの事を覚えていて、聞けば、初めてきたいわ屋に来たあの日、今度一曲頼むと言われていたらしい。
「早速聴いてもらっていい?」
と、樹深くんは宣言通り曲を完成させてきた。
♪~
上へ突き抜けていくような、高揚感のある旋律。まるで自分がホームランボールになったみたい。
ボールと一緒に、色んな想いがついていく…そんなイメージが膨らんだ。
「樹深くん、コレ、いい! すごいね、さすがだね」
「そう? まぁ、また少し手直しすると思うけど…だいたいこんな感じで。
さぁ、どんどん言葉を出していこう」
「うんうん! 今聴いて、色々出てきそう。あのね…とか…とか、どうだろう?」
「お、イッサいい調子。どんどんいこう」
あんなにどん詰まりだった言葉出し、樹深くんの旋律を聴いてからウソのようにスラスラと出てくる。楽しい。
あらかた出尽くしたところで、おじさま達が樹深くんにせがんだ。
「にいちゃん。そろそろ、俺達の為に一曲頼むよー」
「りょーかいです」
樹深くんはジャラーンと弦をひと撫でして、静かなアルペジオを奏でながら言った。
「昔、俺の父さんが酒を飲みながらよく聴いてた歌です。知ってますか?」
知ってる知ってる! □□の【▲▲】! おじさま達が歓喜の声をあげる中、目を伏せながら、笑みを携えながら、樹深くんは歌った。
ここ、きたいわ屋だよね? って疑っちゃうくらい、樹深くんが歌っている間、誰ひとり音を立てなかった。
歌い終わると、わっと歓声が上がって、にいちゃんすげえな! 心に沁みちゃったよ! 次々に言葉を投げ掛けた。
「やっぱり、すげえんだな、樹深くん。いい声してるわ」
手を顎に当てて、元ちゃんも感心しきりだった。
「…イッサ、また泣いてる」
おじさま達に囲まれながら、私を見下ろして樹深くんが言った。
「なっ、泣いてない!」
慌ててサッと目に手を滑らせた。
ほら、泣いて……た。
私の指がうっすら、濡れていた。
…