〈改稿版〉traverse
73/171ページ
そして火曜日。
ガラッ。
「いらっしゃいませー…あっ、樹深くん! 来た来た!」
私の勤務が終わる22時手前、きたいわ屋の引き戸を開けたのは樹深くん。
「あ…おじゃまします…」
おずおずとカウンターの奥の席に座る樹深くんに、元ちゃんが声を掛ける。
「よう、久しぶりだね。
でも、あんまり久しぶりって感じでもないんだよな。
勇実がしょっちゅう、キミの話するからなぁ(笑)」
「あ、ハイ…俺もです。しょっちゅう、元さんの話聞いてます(笑)
…っていうか…なんかすみません、こんな事になっちゃって…
本当にご迷惑じゃないんですか?」
そう、火・金の新曲の打ち合わせをきたいわ屋でする事にしたのだ。
樹深くんに路上を早めに切り上げて貰って、勤務の終えた私と綿密な打ち合わせ、という構図。
「いいっていいって。ワガママ言ったのは勇実の方だろ。
勇実オマエ、樹深くんに気ィ遣わせてどーすんのよ」
「えぇー、ナイスアイデアだと思うんだけど。ダメ?」
「ダメじゃねぇけど。つーか、もう許可しちゃったし。隅の方で静かにやってくれりゃ、営業的にはなんの問題もないさ」
「えっ、でも元ちゃん、多分ギター弾かなきゃだと思うんだけど。ねぇ樹深くん?」
「ちょっ、イッサ、俺、そこまで図々しくなれない。
元さん、なんかもう、ほんとすみません」
珍しく、樹深くんが慌てふためく。
「ぎゃはは。勇実には敵わねぇよな。
いーよ、金曜なら。常連のおっさん達なら、気ィ遣わねぇで済むだろ。それでいい?」
「やったぁ。ありがと、元ちゃん。スキー」
「ばっ…オマエなぁ、だからもう…こんなやつで、ほんっとゴメン」
今度は元ちゃんが樹深くんに謝ってる。
「ふっ。大丈夫です、わりといつもの事だから」
「だーよなー」
むむ、なんか、私の悪口で盛り上がってない?
「ま、あんまり遅くならない程度にな。あ、コレ俺の差し入れ。よかったら食べて」
そう言って元ちゃんは、カウンターにゴトリとどんぶりを置いた。味噌ラーメンふたつ。
「あ、樹深くん良かったね。樹深くんにも味噌作ってくれたよ」
「え? ほんとに? いいんですか? だってこれ、イッサ限定なんでしょ」
「樹深くん…キミ、ほんとに気ィ遣いだね。
いいから、男は黙って食っとけ!」
元ちゃんがピシャリと言うと、樹深くんは目を丸くして、でもすぐに笑顔になって、
「いただきます」
手を合わせてラーメンをすすりだした。
私もエプロンと三角巾を取っ払って、樹深くんの隣に座った。
「うまっ。俺、好き。この味噌も。元さんも。イッサはいいね、独り占めじゃん」
樹深くんのこのつぶやきに、元ちゃんがむせた。
「…やべぇな、樹深くん、いいヤツじゃん」
「あははぁ。元ちゃん、照れてる」
「うるせー。オマエも早く食べろ」
「はぁい(笑)」
私達のそんなやりとりを聞いて、樹深くんは目を伏せて笑いながらラーメンをすすった。
…