〈改稿版〉traverse
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月曜日。いつものように、喫茶KOUJIへモーニングを食べに行く。
お店の中に入る前に、大きな窓から店内を見た。
カウンターに、樹深くんの背中。
そういえば、樹深くんとまともに顔を合わせるのはナイター以来。まだ一週間しか経ってないけれど、ずいぶん久しぶりな気がした。
金曜日に声を掛けずに帰った事、何か言われるかな? それがちょっと、憂鬱だった。
だけどそうもいかない。鳴いてるお腹を満たさないとね。
カラカラン♪
「いらっしゃい、勇実ちゃん」
マスターが顔を上げる。それと同時に、樹深くんがカウンターの丸イスをくるっと一回転させてこちらを向く。
「ぷっ。やだ、樹深くん。ナニやってんの」
樹深くんがベーコンをくわえていた。ベーコンがスルスルと樹深くんの口へ吸い込まれて、ゴックンと大げさに音を立てた。その仕草が面白い、犬みたい。
「おはよ、イッサ。
ねぇ、金曜日、なんで先帰っちゃったの」
早速きた。私は、樹深くんの隣に座りながら言った。
「だって…樹深くんの歌聴いてくれるお客さんが、だんだん増えてきたじゃない?
…ジャマになるかなって思ったんだもん」
「え? そんな事思ってたの? 気にしなくていいのに」
樹深くんが目を丸くした。
「気にしますよー。もうね、樹深くんはファンが付くくらい、遠くに行っちゃったのね。一般人の私は、これからは遠くの方で見守るからねぇ」
私のワザとらしい芝居を見て、今度は樹深くんがぷっと吹きだした。
「ナニを言ってんだか。
まぁ…イッサがそうしたいなら、いいけどさ。
俺、一度もジャマって思った事ないからね?」
樹深くんの言葉は嬉しいけど、私はファンの子に言われちゃったんだよ。
でもそれは、言わなくていい。樹深くんは、知らなくていい。
これからは、樹深くんとゆっくりお喋り出来るのは、この喫茶KOUJIに来た時だけになるのかな。
寂しいけど、仕方のない事だと思った。
「ねぇ…それよりちょっと。なんでまた、私が来る前にモーニング出ちゃってるのよ。マスター?」
「ン? だって、彼がお腹ペコペコだって言うからさ。勇実ちゃん待ってたら、飢え死にしそうな勢いだったしさ」
「もー。月曜のモーニングは私が来てからっていうしきたりは、どこへ行っちゃったのー?」
「フフ、ごめん、イッサ」
いつの間にかマスターの心を掴んじゃってる、樹深くんがペロッと舌を出した。
「まぁまぁ。オジサンはね、キミたちふたり、セットでお気に入りなの。どちらの味方とかないからネ。
さ、勇実ちゃんのモーニングを用意しますか~」
そう言って、マスターは奥へ引っ込んでいった。ナニソレ、ふたりセットって(笑)
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