〈改稿版〉traverse

70/171ページ

前へ 次へ


 月曜日。いつものように、喫茶KOUJIへモーニングを食べに行く。

 お店の中に入る前に、大きな窓から店内を見た。

 カウンターに、樹深くんの背中。

 そういえば、樹深くんとまともに顔を合わせるのはナイター以来。まだ一週間しか経ってないけれど、ずいぶん久しぶりな気がした。

 金曜日に声を掛けずに帰った事、何か言われるかな? それがちょっと、憂鬱だった。

 だけどそうもいかない。鳴いてるお腹を満たさないとね。

 カラカラン♪

「いらっしゃい、勇実ちゃん」

 マスターが顔を上げる。それと同時に、樹深くんがカウンターの丸イスをくるっと一回転させてこちらを向く。

「ぷっ。やだ、樹深くん。ナニやってんの」

 樹深くんがベーコンをくわえていた。ベーコンがスルスルと樹深くんの口へ吸い込まれて、ゴックンと大げさに音を立てた。その仕草が面白い、犬みたい。

「おはよ、イッサ。
 ねぇ、金曜日、なんで先帰っちゃったの」

 早速きた。私は、樹深くんの隣に座りながら言った。

「だって…樹深くんの歌聴いてくれるお客さんが、だんだん増えてきたじゃない?
 …ジャマになるかなって思ったんだもん」

「え? そんな事思ってたの? 気にしなくていいのに」

 樹深くんが目を丸くした。

「気にしますよー。もうね、樹深くんはファンが付くくらい、遠くに行っちゃったのね。一般人の私は、これからは遠くの方で見守るからねぇ」

 私のワザとらしい芝居を見て、今度は樹深くんがぷっと吹きだした。

「ナニを言ってんだか。
 まぁ…イッサがそうしたいなら、いいけどさ。
 俺、一度もジャマって思った事ないからね?」

 樹深くんの言葉は嬉しいけど、私はファンの子に言われちゃったんだよ。

 でもそれは、言わなくていい。樹深くんは、知らなくていい。

 これからは、樹深くんとゆっくりお喋り出来るのは、この喫茶KOUJIに来た時だけになるのかな。

 寂しいけど、仕方のない事だと思った。

「ねぇ…それよりちょっと。なんでまた、私が来る前にモーニング出ちゃってるのよ。マスター?」

「ン? だって、彼がお腹ペコペコだって言うからさ。勇実ちゃん待ってたら、飢え死にしそうな勢いだったしさ」

「もー。月曜のモーニングは私が来てからっていうしきたりは、どこへ行っちゃったのー?」

「フフ、ごめん、イッサ」

 いつの間にかマスターの心を掴んじゃってる、樹深くんがペロッと舌を出した。

「まぁまぁ。オジサンはね、キミたちふたり、セットでお気に入りなの。どちらの味方とかないからネ。
 さ、勇実ちゃんのモーニングを用意しますか~」

 そう言って、マスターは奥へ引っ込んでいった。ナニソレ、ふたりセットって(笑)





70/171ページ
スキ