〈改稿版〉traverse

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 カッシャン、カッシャン……漕ぐ音が徐々にギターの音に掻き消されていく。

 ♪~。

 あ、ハッピーバースデーの旋律。なんてタイムリー。

 ギターの人の前におじさんがひとり。あの人が誕生日なのかな?

「にいちゃん、うめぇなぁ。でも、俺ぁ誕生日じゃあねぇぞ?」

 うひゃひゃと笑いながら、おじさんがギターの人の前でしゃがみこんで、イタズラっぽく下から見上げた。

 こちらに背中を向けているから、私からはまだギターの人の顔は見えない。

 黒いチューリップハットを被った、少し長めの黒髪の襟足、スラリと背の高い人。

 やっと私の自転車とギターの人が並んだところで、ギターの音と重なってその人の声が聞こえた。

「はは、実は自分が誕生日なんです。
 誰も祝ってくれないから、もう自分で歌っちゃいます」

 ボソリと呟くように言ったのに、何故かよく通る声。

「まじか!
 よし、おじさんが歌ってやるからな、元気出せ。
 にいちゃん、名前は?」

「タツミ」

「ハッピバースデー、トゥーユー。
 ハッピバースデー、トゥーユー。
 ハッピバースデー、ディーア、ターツミー!」

 上機嫌なおじさんの歌声が響き渡る。

 私はもう自転車で先を行っていたけれど、背中でそれを聴いていた。

 おじさんの旋律を受け継いで、最後の歌詞を、

「ハーッピバースデー、トゥー、ミー!」

 ギターの人がそう替えて、締めた。

 笑いを含んだその歌声に、思わずぷっと吹き出してしまった。

「ハッピバースデー、トゥー、ミー…ふふっ」

 声に出してみたらなんとなく心の中が温まって、ペダルを漕ぐ速さが上がった。

 結局、顔はよく見れなかったな。

 同じ誕生日の人とすれ違うなんて、なんかすごいなって思った。





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