〈改稿版〉traverse
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きたいわ屋の引き戸を開けると、お客さんは入っていなかった。
元ちゃんと大将が私を見てビックリして、
「うわっ、勇実? ずぶ濡れじゃんか! 雨降ってんの?」
カウンターからこちらに出てきた。
「うん、さっき急にね。あ、もう止んだけど。
そうそう元ちゃん、これナイターのおみやげ。渡したくて、寄っちゃった」
「おー、サンキュ。てかオマエ、そのままじゃ風邪ひくぞ? 俺のシャツ貸してやるから、それ着て帰れ。オヤジ、ちょっと上に上げるからな」
「おーいいぞ。勇実ちゃん、しっかり体拭いてから着替えなよ」
「はぁい。お借りします」
元ちゃんと大将のご厚意に甘えて、店の2階に上がる。6畳の和室、元ちゃんと大将が営業後にひと寛ぎする部屋。
「ほれ、こっちの乾いたタオル使え。で、俺のシャツ」
「うん、ありがと」
樹深くんに買ってもらったずぶ濡れのタオルを外して、元ちゃんのシャツと新しいタオルを受け取った。
すると、元ちゃんが急にくるっと後ろを向いて、部屋の端っこに行ってしまった。
「? ハジメちゃん?」
「オマエなぁ…いや、なんでもねぇ…着替えたら、言えよな!
…もう…いくらなんでも…濡れすぎだろ…」
元ちゃんが壁に向かってブツブツ言うのを聞きながら、私はずぶ濡れのカットシャツを脱いで、肌を拭いてから元ちゃんのシャツに袖を通した。
あは、ブッカブカ。
「なー、野球、どうだった?」
まだ背中を向けたまま、元ちゃんが聞いた。
…