〈改稿版〉traverse
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お腹の底から応援する事はこんなにも気分がスッキリするもんなんだと、目からウロコだった。
「はぁ~。応援するって、きもちいい~」
ゲームセットとなり、他のお客さんがゾロゾロと立ち上がってスタンドを出ていく中、私はまだ余韻に浸ってボンヤリ座っていた。
そんな私を樹深くんはとくに急かすでもなく、樹深くんは樹深くんで立ったままスタジアムをボンヤリ眺めていた。
「樹深くん? 帰らないの?」
私がやっとそう言った時には、もうほとんどお客さんはいなくなっていて、スタッフの人達が清掃を始めていた。
「ん? あぁゴメンゴメン。ちょっと、考え事してた。
イッサは? もういいの? なら、行こっか」
「あっ。待ってってば、もう」
また、スタスタと歩いていく。なんで? 置いていかないでよ。
小走りに近づいて、樹深くんのボディバッグを摘まんだ。
樹深くんがビックリした顔で振り向く。
「迷子になっちゃうよ…樹深くんが」
「…えっ? 俺?(笑)」
「そうだよ(笑)」
「…そっか(笑) ごめん」
ふっと笑って、今度は私の歩調に合わせてくれたけれど、私は摘まむのをやめなかったし、樹深くんも何も言わなかった。
樹深くんが先に行ってしまうのは、なんでかイヤだった。
だからと言って、手を繋いでしまうのは…違うでしょ?
私には元ちゃんがいる。樹深くんは、友達。
ほんとは、摘まむのもダメかもしれない…振り返った樹深くんの顔が、そう言っているようだったから。
「あっ樹深くん、元ちゃんにおみやげ買っていきたい。いい?」
「ん? いーよ。ここで待ってる」
応援グッズを買ったショップの前で、やっと摘まむ手を離した。
商品を見ている間は、樹深くんが行ってしまうという不安はなかった。
買い終えて樹深くんの所へ戻ると、樹深くんはまたボンヤリと遠くを眺めていて、私の気配に気付いてこちらを向いた。
「買えた?」
「うん。おまたせ」
またスタスタと歩いていくと思ったら、私の顔をじっと見て、
「もう、掴まない?」
と聞いてきた樹深くん。
「? うん。もう、先に行ったりしないでしょ?」
今度は、そんな風に思った。何故、さっきは行ってしまうとあんなにも不安だったんだろう…自分の気持ちがよく分からない。
「そっか」
樹深くんは小さくつぶやいてから、
「うん、もう先に行ったりしないから。帰ろ」
その言葉でやっと、私は安心した。
私達は並んで、スタジアムを後にした。
…