〈改稿版〉traverse

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 皆にお祝いされて、なんだかんだでお店を出れたのは23時だった。きたいわ屋の営業は深夜1時まで。

「勇実ぃ、気をつけて帰れよー」

「はぁい。
 元ちゃん、ケーキご馳走さま。
 大将、お夜食持たせてくれてありがとう」

 大将がまかないのチャーシュー丼をタッパに詰めてくれた。明日の朝食べよう。

 のれんをくぐって、外に出る。店内の喧騒がウソみたいに、辺りは静まり返っていた。

 ケーキとジンジャーエールで膨れたおなかをさすりながら、カッシャンカッシャン、行きと同じ様にゆっくりペダルを漕いだ。



 商店街のメインストリートに戻ると、ここもまた夕方の賑やかさは無くなっていた。

 でも花金の今日は、飲み歩く人達がそれなりにいて、そんなに寂しくはない。

 そしてそういう日は、所々にギターを掻き鳴らして歌う人がいた。

 自転車をゆっくり走らせながら、その言葉を、その旋律を聴く。

 でも悪いけれど、立ち止まって聴いた事は一度もない。

 ゆっくり走るから、それで許して。私は真っ直ぐ家に帰らなきゃならない。



 商店街を横切る車道の所で、信号に捕まった。

 車なんて来てないから渡っちゃってもいいんだけど、なんとなく律儀に、サドルから降りて青になるのを待つ。

 横断歩道の先にふと目をやった。

 渡ってすぐに、洒落た街灯と二人掛けのベンチがある。

 そこに、ギターを弾いて歌っている男の人がひとり。

 こんな所でもやるんだなぁ。

 閉店後のシャッターの降りている建屋の前での演奏が多い中、車道と歩道が交わるそこでのパフォーマンスは珍しいように思えた。

 青信号になって、私はまたサドルに跨がった。





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