〈改稿版〉traverse
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「悪ィ、勇実。次の木曜、法事があってさ。行かなきゃいけねーんだわ」
マッサージ勤務の後、早速開店準備中のきたいわ屋に寄って元ちゃんに話すと、そう言われてしまった。
「あー、そっかぁ。残念」
「ほんとゴメンな。でもチケット無駄にすることないだろ、誰か別の友達誘って行ってこいよな」
「そう? じゃあ、色々聞いてみようかな」
「でも、あー、行きたかったなぁ」
「ふふ、元ちゃん野球好きなの? そんな気はしてたけど」
「おー、これでも昔は野球少年だったぞー」
少しお喋りした後、施設のおばあちゃんが帰ってくる時間に迫ってたので、
「じゃあ元ちゃん、私そろそろ行くね」
そう言って引き戸を開けようとしたら、元ちゃんに手首を掴まれた。
「待って。ちょっと…充電」
私の返事も聞かないで、元ちゃんは私の唇をついばんだ。
「ちょっ…元ちゃん、大将が…」
「オヤジなら、買い出し…」
引き戸を背にして、両手首を軽く押さえられながらの、キス。
誰か開けちゃったら、どうするの? 見られちゃうよ。
でも…止められない…
元ちゃんの唇に酔いしれていると、ふと温度が遠ざかった。そっとまぶたを上げると、元ちゃんが私をじっと見つめていた。
「…? 元ちゃん…?」
首を傾げると、元ちゃんの手が私の顎を掬って、親指で下唇をなぞられた。
「…ちょっと、口開けて?」
どういうことか分からず、上の歯が少し見える程度に口を開くと、その隙間を縫って、元ちゃんの舌が入り込んできた。
「…!!」
遠慮がちに、舌の先が私の口の中をまさぐる。
あ、これ、映画とかでよくある、ディープキスってヤツ?
私と元ちゃんがしてるの?
なんだか…
イケナイコトしてるみたいだよ…
ずいぶん長いことしてた気がする、やっと唇が離れて、はあっ、と息をついた。
「やだもう…元ちゃん…おばあちゃん帰ってきちゃうよ…」
「ひひ、ごめんな。さ、もう行きな」
いたずらっ子みたいに笑って、元ちゃんは私を送り出した。
いつもこうして不意打ちをして、私をドキドキさせるんだから、元ちゃんには敵わない。
…