〈改稿版〉traverse
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「うん…そうだけど。ヘンかな?」
そう。私、今まで彼氏がいた事はおろか、男の子を好きになった事が…ない。
男の子から好きと言われた事も…なかった。だから、元ちゃんが初めて。
「ん? そんなことはないけど…そうかぁ。フフ、初々しいね、イッサ」
優しい含み笑いをする樹深くん。
あ、今、一瞬、霧が晴れた。
悩みの正体が見えた気がしたんだけれど、またすぐに、もやもやっと紛れてしまった。
「またそうやってからかう…
あー…色々、話したい事があったはずなんだけど…なんかまとまんない…
今日はもう真っ直ぐ帰る…ゴメン」
「なんで謝るの。いいって。気を付けて帰りなよ」
「うん…」
ペダルに足を掛けて前進しようとした時、
「ねえイッサ」
樹深くんに呼ばれて、そちらに顔を向ける。
「うん…?」
「元さん、スキ?」
「…キライじゃない…」
「スキ?」
なんで、繰り返すの?
樹深くんの、真剣な瞳。
「…うん…スキ…」
私、わかった。こわいんだ。
経験がないから、これから元ちゃんとお付き合いを始めて、うまくやっていけるか不安なんだ。
元ちゃんとなら大丈夫、そう言い聞かせて…でもやっぱり、不安なんだ。
だけど、今、樹深くんの前で、「キライじゃない」じゃなく「スキ」という言葉を口にしたら、今まで生きてきて感じたことのない気持ちが全身を駆け巡った。
色んな元ちゃんを思い浮かべて、胸がトクトクと鳴って、涙がにじんだ。
樹深くんも私のそんな様子に気付いたのか、
「それ、元さんに言ってあげて。
ゆっくり始まる恋愛もあるから。
イッサは…イッサのままでいい。
イッサなら、大丈夫」
祈りを込めるように、拳を私の肩にコツンと当てて、そう言った。
「うん…わかった…
…ありがと、樹深くん」
「どーいたしましてー」
樹深くんのギターの旋律を背に、ゆっくりペダルを漕ぎ出した。
自分の気持ちが、少しクリアになった気がした。
樹深くんの言葉は、いつだって私の背中を押してくれる。樹深くんは、私のアドバイザーだなぁ。
そんな風に思いながら、家に向かって自転車を走らせた。樹深くんと話すまで重たく感じていたペダルが、今はすごく軽かった。
…