〈改稿版〉traverse
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7月に入って、少し夏の気配を感じられるようになった頃。
「うーんー。どうしたもんかなぁ」
きたいわ屋勤務後、恒例になってきた、例の場所での樹深くんとのお喋り。
樹深くんのハミングとギターの旋律を聴きながら、私はしゃがみこんで頭を悩ませていた。
「ナニ? ナニがそんなに悩ましいの」
樹深くんは私の顔を見ずに含み笑いをした。目を伏せながら、ギターをつま弾く。
「あー、あのね。もうすぐなの。元ちゃんの誕生日」
「あー、ラーメン屋のおにいさん。そうなんだ。ふーん」
「私の誕生日の時にね、きたいわ屋でね、ケーキ出してもらって。お客さんにもおめでとうって言ってもらって。だから私、お返ししないとなのよ」
「ふーん」
「最近ね、元ちゃんからの期待してるぞオーラをヒシヒシと感じてさぁ…」
「ふーん」
「ねえ、男の人って、何をプレゼントしたら喜ぶの? 参考までに聞かせてよ」
ふーんとしか返さなかった樹深くんが、ここで目を丸くして私を見た。
「何をって…イッサが考えた物なら、何でも喜ぶんじゃない?」
「もう! 全然参考にならないじゃん。樹深くんなら、どうなのよ。何貰ったら、嬉しい?」
「俺? んー、おめでとうって言ってくれる人がいたら、それだけでいいけど。少なくとも、今年の誕生日はそうだったな。
イッサはいいねー、祝って貰えて」
ギターの音が止んだと思ったら、樹深くんが私をじとっと見てた。嫉妬ですか? やさぐれた犬みたい(笑)
「あー、そういえば樹深くん、あの日、知らないおじさんに歌って貰ってたよね」
「えっ? 何で知ってるの? 見てたの? 通り過ぎてたの? あの日?」
「ふふふ、自分で自分を祝っちゃってたね。ハッピーバースデー、トゥーミーって」
「あらまぁ、そんなトコまで…ていうか、そんな前から知ってたの? やだな、早く言ってよ」
樹深くんが頬を赤らめて、口を尖らせた。いつも余裕ぶってる人だから、初めてこんなに慌てふためかせられて、勝った! と私はご満悦。
「とにかくさぁ、あの人は、何でも大丈夫なんじゃない? イッサならさぁ」
「私なら?」
「うん。
…あ、ちょっと待って。
こんばんは。何かリクエストあれば、何でも弾きますよ」
いつの間にか、二人の男の人が連れ立って樹深くんの傍にやって来ていた。
…