〈改稿版〉traverse
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え? 即興? って、今その場で作るって事?
少々混乱しながら樹深くんを見ると、樹深くんはカントリー調の旋律でギターを奏で始めた。
樹深くんが次々にそれに乗せていく言葉に、私も、彼氏さんも、彼女さんも、じっと耳を傾けた。
♪毎日のように耳を擽る
♪電話越しの声
♪目を閉じればすぐ近くにいる様
♪なのに ねえ
♪こんなにも距離が空いてるの?
♪こうして逢いに行く度に
♪それを痛感させられるよ
♪これから逢えるというのに
♪嬉しさ半分 切なさ半分
♪早く声を聞かせて
♪優しく抱き止めて
♪沸いてくる願望ぐるぐる回る
♪だけど ねえ
♪逢えた途端支配するのは
♪やがて来るサヨナラの時間
♪今一緒にいるというのに
♪嬉しさ半分 切なさ半分
♪大丈夫かな 不安になるよ
♪大丈夫 心配しないでいいよ
♪こうして繋がれた手から
♪沢山の
♪おうちに持って帰れば
♪そんなに寂しくならないんじゃないかな
♪あなたの きみの
♪帰る場所でありたい
♪サヨナラじゃない別の言葉を
♪「いってきます」
♪「いってらっしゃい」
♪「ただいま」
♪「おかえり」
♪この繰り返しを…きみといつまでも
「…お粗末様でした」
最後のメロディをゆっくり弾きながら、樹深くんはそう締めた。
「うわぁ…俺達にそんな、素敵な曲を?
…ありがとう…」
彼氏さんが彼女さんの肩を抱きながら、ふわっと綻んだ。
彼女さんも、口で両手で覆って、涙ぐんでいるようにみえた。
「どうぞお幸せに…
俺が言ってどうすんのって話ですけど(笑)」
「うん、うん、ありがと…おかげで、俺…」
樹深くんの言葉に、彼氏さんが何か言いかけた。
えっ? と彼女さんが彼氏さんの顔を覗き込むと、彼氏さんは大きな咳払いをひとつした。
「ゴホン! とにかく、おにいさん、がんばって。また見かける時があったら、絶対聴いていくから」
「素敵な歌、本当にありがとうございました。またいつか」
ふたりは、寄り添うようにその場を去っていった…
「フフッ…あの人、近い内にプロポーズするかもね…
…イッサ? ナニ泣いてるの?」
「なっ…泣いてない!」
ふたりの背中を見送った樹深くんに言われて、慌てて目に指をあてた。ほら、泣いてない。
「…やるなぁ、って、思っただけですよーだ」
あの人達を見ただけで、すぐにあんな曲を作れちゃう樹深くんに…素直に感動した。
ラーメンの歌みたいに、ふざけたのしか作らないんじゃないんだね。すごいんだね、樹深くん。
って言えばいいのに、口に出せない。なんか恥ずかしくて、樹深くんにからかわれそうで、なんかイヤ。
「…ありがと、イッサ。
なんかちょっと、上から目線だけど(笑)」
樹深くんは私の顔を長いこと見つめて、ふっと口元を緩めてそう言った。
そんな、樹深くんの路上初視聴の夜だった。
…