〈改稿版〉traverse
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きたいわ屋からの帰り道で、遠くから街灯とベンチと、樹深くんのシルエットが見えた時、ペダルを漕ぐ速さが増した。
そのせいか、いつもなら手前の信号で捕まるのに、この時は青信号のままシャーッと駆け抜けられた。
「あ、イッサだ」
キキーッとうるさくブレーキを鳴らしたと同時に、樹深くんが声を掛ける。
いつもの、よく通る声。よく掻き消されないなぁ。
「樹深くん…! もう! 今まで、どうしてたの?
立ち止まって聴こうと思ってたのにさぁ、全然逢わないんだもん!」
自転車をベンチの脇に停めて、樹深くんに詰め寄る。沸々と沸き上がる苛立ち。
…ん? 苛立ち? …どうして?
「あー、ごめん。色々と…忙しくしてて。しばらくこっちまで来れなかったんだ。
…フフッ、イッサ見るの、久しぶり。イッサって言うのも…久しぶり」
あんなにイヤだったイッサ呼び、今は…ほっとしてる。
…どうして?
「あれ、今日はイッサって言うな! って言わないんだ。くくっ」
「もう! 樹深くんがそんな態度だからでしょう? ナニがそんなに面白いのよ…」
「まぁまぁまぁ…なんか、リクエストある? 知ってるヤツならだいたい弾けるよ」
さらっといじって、すぐに別の話にすり替える。相変わらず樹深くんはズルい。
「もー…じゃあ…もうすぐ夏だから、○○の【△△】!」
「りょーかい」
♪~
見事なアルペジオで、私の好きな夏の歌が始まった。ノリのいい曲、樹深くんが私にも振るから、合いの手を入れたり、一緒に歌ったりした。
これで、私が少し気になった事、払拭できたかな…?
久しぶりと言った時の樹深くんの笑顔が、なんだかいつもと違った。
なにがどう違ったのか…説明はできない。
…