〈改稿版〉traverse

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 そう言いながら樹深くんは座った。カウンター席の壁際だったので、背負っていたギターケースをゴトリと壁に立て掛ける。

「ウチはねえ、醤油だな。旨味凝縮でやみつきになるよ。
 にいちゃん、ギターやってんだ? この辺でやってるの?」

「じゃあ、それお願いします。
 はぁ、まぁ、趣味みたいなもんですけど。この辺りまで来るのは、初めてです」

「ふーん? よくこんな、メインの通りから外れた所に来たね? 誰かから聞いたかな?」

「え? あ、はい。ちょっとした知り合いに、割引券貰って…」

 元ちゃんと樹深くんが喋ってる、不思議な光景。

 そう思って見ていると、元ちゃんが突然、あっ! と声をあげて、私の持っている割引券を指差した。

「それ、オープン記念の半額券じゃん。赤字になるから、あんまり刷らなくて…残ったの勇実に全部やって…
 って事は、キミと勇実、知り合い??」

 割引券から私、私から樹深くん、私、樹深くん、と忙しそうに方向転換する、元ちゃんの指。

「最近知ったばかりの人だけど、ねえ元ちゃん、ちょっと聞いてよ! この人、色々失礼なの!」

 樹深くんの悪ふざけを元ちゃんにぶちまけようとしたけれど、

「わかったわかった、後で聞いてやるから、先にラーメン作らせてくれよ。
 オマエは例によってアレだろ、味噌。
 にいちゃん悪いね、うるさいヤツだけど、ちょっと相手してやって」

 私の大好きな味噌ではぐらかされた。くそぅ。

「味噌? お品書きにはないみたいだけど」

 壁のメニュー表を見て、樹深くんが言った。

「私だけの裏メニューですよーだ。樹深くんが頼んだって、出てこないんだから」

 イーッと口端を広げながら私が言うと、

「へぇ? イッサのねぇ。来たら、レンゲでひと啜りちょーだい?」

 高さのある上半身を少し折り曲げて、頬杖をつきながら樹深くんはイタズラっぽく言った。

「なっ! ヤダ、あげない! イッサって言うな!」

 噛みつく私をいじって楽しいのかなんなのか、樹深くんはいつまでもイッサ呼びを止めないし、肩を震わせて笑うし、憎たらしいんだけど…

 まっ…いっか…なんて、思ったりして。

 樹深くんの色んな笑顔を見てると、怒っている事が馬鹿馬鹿しくなってきた。





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