〈改稿版〉traverse

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 カウンター越しの図書館のスタッフさんに、同時に申込書を差し出して、カードが出来上がるまで、そのまま二人で並ぶ私と樹深くん。

「あなたねぇ…ナニよ、イッサって。こないだのラーメンの歌も。ひどっ。失礼極まりない」

 ヒソヒソ声で、樹深くんを睨みつける。

「フフッ…ゴメン…昔、家でイッサって犬飼ってて…
 なんかあんた、犬っぽい…あの、ピザトーストくわえてた時が特に…くくっ。
 あ、あんた、あの歌聞こえてたんだ? …くくっ」

 小刻みに肩を震わせる樹深くん。いちいち笑い過ぎ!

 顔をしかめていると、樹深くんが人差し指で私の眉間をちょいちょい触ってきた。

「なっ」

 樹深くんの突然の行動にビックリする。樹深くんもハッとなって、素早く手を引っ込めた。

「シワ、寄せすぎ」

「大きなお世話。誰のせいと思ってるの」

「あはは。ねぇ…ラーメン、ほんとに美味しそうな匂いだったんだ。どこのラーメン屋?」

 話がポンポン飛ぶなぁ。こっちの様子なんて、ちっとも気にしないのね。

 でも…探るような、大きな瞳、吸い込まれそう。そっちの方が犬っぽいじゃんと思う。

 私はカバンの中をゴソゴソ漁って、一枚の紙切れを樹深くんの手に乗せた。

 きたいわ屋の割引券。

「あげる。好きな時に行けば?」

「くれるの? …ありがと」

 ふっと目を細めて樹深くんは言った。 今度は静かな笑顔。色んな笑い方をするんだな。

 そうこうしている内に、私のカードが先に出来上がった。

 そのままそこで貸出の受付をして、無事本を借りる事が出来た。

 私は立ち上がって…迷ったけど、樹深くんに一言掛けてから帰ろうと思った。

「じゃあね、樹深…くん」

 樹深くんは、え? という顔を向けた。年下にくん付けされるの、イヤだったかな?

 でも樹深くんは、樹深くんって呼ぶのが一番しっくりくる気がした。年上であっても。同じ誕生日だからかな、親近感が沸くんだ。

 すると樹深くんは、

「またね、イッサ」

 って言った。笑いを含んで。

「イッサって言うな!」

 静かな図書館で私の声が響いて、他の人達が一斉に私を振り返ったから、顔がカッと熱くなった。

 八つ当たり気味に樹深くんの肩をバシッと叩いて、一目散に図書館を飛び出す。

 ばか。ばか。ばか。樹深くんのばか。

 私の…おおばか。消えたい…





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