〈改稿版〉traverse
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幻かと思って、彼の頭や頬を触りまくる。無精髭が手にチクチクささって、痛いような気持ちいいような。
いる。いる。樹深くんが、ここにいる。
私にされるがままになりながら、樹深くんはニコッと笑って、
「ただいま」
と言って、私の胸まで伸びた髪をさらっと梳いた。
久しぶりの感覚に身をよじりながら、私は質問を続ける。
「え、え? いつ? いつ戻ったの? 何で前もって連絡しないのよー!」
「着いたのは、昨日の夜中。
言わなかったのは…ビックリさせたかったから」
「もうっ…ほんと、ビックリだよ…おかえりなさい…」
「フフ、ゴメン。
…ただいま、イッサ」
樹深くんがギューッと抱きしめてくれる。のは嬉しいんだけど、こんな真っ昼間、しかも通りのど真ん中。
先程の高校生デュオはとっくに撤収していて、人だかりもなくなっていたけど、それなりに人は通る。
「ちょ、ちょっ…と…樹深くん! 人、いるからっ…」
脱出を試みるけれど、びくともしない。樹深くんに閉じ込められて、途方に暮れる。
「だって、泣いてたら、ほっとけないでしょ?」
私の頬を包んで、親指で目尻の辺りをそっと擦る。
涙はこぼれてないけれど、目は間違いなく潤んでいた。
「…ヤダ…見られたくない…」
樹深くんを見上げながら、私は呻いた。
すると樹深くんは、私の着ていた薄手のパーカーのフードを、すっぽり私の頭に被せて、少々強めに引っ張り上げた。
ナニ? と思った瞬間、フードの中で、樹深くんの唇と重なった。
…