〈改稿版〉traverse
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すっかりお腹が満たされ、きたいわ屋を出た。
カッシャン、カッシャン、ゆっくりペダルを漕ぐ。
今日は週末、人が沢山出ている。駅に向かって流れているので、それとは反対方向へ行く私は、気を付けながら自転車を走らせる。
例の場所に近づいてきた。商店街を横切る車道の向こう側の、洒落た街灯、二人掛けのベンチ。
何やら少し人だかりが出来ていて、そこからギターの音と歌声が聞こえる。
ジャージを着た高校生らしき男の子二人が、初々しく声を張り上げてハーモニーを奏でていた。
微笑ましい思いで、しばらくその様子を遠巻きに眺めていると、彼らの歌が終わって「ありがとうございました! ありがとうございました!」とお礼を述べ始めたのをきっかけに、人だかりがパラパラと散り出した。
その中に…動かない人影…
…え。
ウソ。
スラリと高い背丈。
少し長い襟足の黒髪。
黒いチューリップハット。
ウソ。
ウソ。
ウソ。
ガシャン! と派手な音を立たせて自転車を止めて、その後ろ姿に駆け寄る。
背中に触れようと手を伸ばしたら、同時に彼がこちらを振り返ったから、
「わっ?」
彼の胸元に思い切り飛び込む形になってしまった。
彼は戸惑いながらも、柔らかく抱き止めてくれた。
「…樹深くん!? なんで? なんで? どうして!?」
…