〈改稿版〉traverse

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 それから…季節を沢山巡った。

 私と樹深くんは遠距離の中、もっぱらLINEでやりとりを飽きることなく続けた。

 国際電話や映像通話は極力避けていた。それぞれ夢を追う、お互いにその時間を邪魔したくないと思った。

 ただ、特別な──明けましておめでとう、誕生日おめでとう、メリークリスマス、どうしても直接伝えたい時──だけ、お互いの都合を擦り合わせて利用したのだけど。

 リアルタイムの姿や声はなんという破壊力、放っておいたらいつまでもお喋りが止まらない…やっぱりたまーににしようねって苦笑いをした。

 そんな中、個人的には、月一で樹深くんから届く手紙が楽しみだった。

 樹深くんが書いた文字、現地の切手、時折一緒に入れられた樹深くんの写真。

 温かみを感じて好き。届く度、封を開ける前にぎゅうっと胸に閉じ込めた。



 2年かけて、私は専門学校を卒業する事が出来た。

 卒業する前に、私はまた、あの商店街の近くで一人暮らしを始めた。今度は地下鉄の駅に近い所で部屋を借りた。

 約束通り、潤子さんのお店で正式に働かせて貰える事になった。週休二日、朝から晩までひたすら施術。卒業出来たからって、いきなり一人前ってわけじゃない。もっともっと経験を積んで、店を構えられるぐらいになりたい。

 潤子さんもその気みたいで、マッサージの経験だけじゃなく、営業法なんかも一緒に教えてくれる。いつかはのれん分けをしたいなんて、笑って話していた。



 そんな新生活が始まって、リズムも掴めてきた頃。

 樹深くんと離れてから、1年半が過ぎようとしていた。まだ、樹深くんは帰らない。

 勤務の昼休憩に、時々きたいわ屋でランチをする私。

 きたいわ屋は、今年に入ってから営業形態を変えて、お昼はラーメン屋、夜は居酒屋という二毛作のお店になっていた。

 ガラッと引き戸を開けると、いつもと変わりない元ちゃんの笑顔が飛び込んできた。

「お、勇実ぃ。誕生日おめでとう」





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