〈改稿版〉traverse

158/171ページ

前へ 次へ


 私が乗る路線の終電にはまだ少しあったので、改札付近でボンヤリ壁に寄り掛かった。

 この路線は、他に比べると少しローカル。乗降客も少な目で、改札には私達の他に誰もいなかった。

「あと…もう少し?」

「ん…もう少し」

 お互い言葉少なで、電光掲示板をチラチラと見る。

 デッキからずっと、手を繋いだままだった。

 ひんやりと冷たい、樹深くんの手。

 離さないと…私達は夢へと向かう道を歩けない。

【まもなく○番ホームに電車がまいります】

 電光掲示板のお知らせ。

 私達はゆっくりと…手を握る力を弱める。

「手紙書いてね」

「分かってる」

「電話もたまにしてね、声聞かせて」

「分かってる」

「風邪ひかないでね」

「分かってる」

「それから…それから…」

「イッサ、電車行っちゃう」

 まだ、指先で繋いでいた。なかなか離せない。私も。樹深くんも。

「~~~っ」

 たまらず、樹深くんの唇に一瞬でキスをした。

 樹深くんが固まったのが分かった。

 張り裂けるような思いで、指を離した。

 ──と同時に、樹深くんが、私が今離した手を掴んで、強く引き寄せた。もう片手で、私の肩を抱く。

 タタン…タタン…

 樹深くんの腕の中で、終電が行ってしまった音を聞いた。





「ばかイッサ。
 …帰したくなくなったじゃん…」





 樹深くんの掠れ声が、私のすぐ耳元で響いた。





158/171ページ
スキ