〈改稿版〉traverse

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 キスの途中で、おなかがぐぅーっと鳴った…ふたりして。

「…ばかっ(笑)」

「なんでよ(笑)」

 ムードもへったくれもないけれど、もう夕飯時をとっくに過ぎていたから、それは当たり前だった。

「えーと、俺とごはん、食べに行きませんか」

 妙にかしこまった言い方をして、樹深くんが手を差し出す。

「うん、行こう行こう。あー、おなかすいた」

 おどけて樹深くんの手を取った。

 あんな事をした後なのに、いや、した後だからかな、すごくドキドキしている事、隠したかった。



 私達は商店街を抜けて、地下鉄に乗った。

 その間、樹深くんが留学するに至る経緯を聞いた。

 織田桐さんの紹介で交換留学をする事になって、ホームステイ先ももう決まっている。

 織田桐さんのレコード会社で、大きなプロジェクトがもうすぐ始動するそうで、その企画の一環で樹深くんが向こうへ渡るらしい。

 詳しくは秘密だそうなので、それ以上は聞けなかった。

 私が樹深くんを避けていた間に、樹深くんの周りが大きく動いていたんだなぁ。

 出発は、明日午前の便。

「あれ、じゃあ樹深くん、今日ホテルとか取ってあるんじゃないの?」

「うん? あー、ほら、俺もう荷物とか向こうに送ってて、持ち物ってこのバッグとギターだけなの。
 だから、カラオケかネットカフェで、夜を明かそうかと思ってる」

「え、そうなの? ちゃんと寝ないと、体疲れちゃうよ?」

「へーきへーき。路上の前に寝てきたし、どうせ飛行機乗ったらたっぷり寝れるもん」

 そんな事を話している内に、地下鉄は目的の駅に着いた。

 私達は、港の駅のもう少し先の、同じように大きい繁華駅で降りた。





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