〈改稿版〉traverse

153/171ページ

前へ 次へ


 チラッと樹深くんを見ると、真っ赤な顔して、不服そうに口を尖らせていた。

「ていうか…ねぇ…手ぇ下ろしてよ…」

 また、樹深くんの手が伸びかけて…また、寸での所で止まる。

「え…ちょっ…なんなの、さっきから…っていうか、こないだから…その手は?」

 さすがに怪しく思って、樹深くんを問い詰める。

「え? あー…
 だって、イッサ、触られるの、イヤなんでしょ? やたらビクつくから…」

 あ…いや…それは…

 樹深くんに触れられたら、ドクドクうるさかったから…

 でも…今なら…耐えられそう…

「別に…大丈夫だけど…?」

「あ…そう? じゃ…遠慮なく…」

 樹深くんの手が再び伸びてきて…私の両手を耳から剥がした。

 そしてそのままその高さで、優しく握られた。

 樹深くんが近い。樹深くんの息がかかる。

「勇実」

 イッサじゃない、勇実、だ。

「返事…ちょうだい? 」

 樹深くんの掠れ声に、フタをしていた感情が一気に溢れ出した。

 私。

 私。

 そうやって言われる前から。



「…私も…
 …好き…だよぉ…
 …うわぁん…!」



 そんな風に泣きじゃくる私を見て、樹深くんはホッとしたように、そして、いとおしそうに、

「泣き虫」

 そう言って笑った。





153/171ページ
スキ