〈改稿版〉traverse
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私は手の甲で少し乱暴に涙を拭って、ベンチから勢いよく立ち上がった。
「樹深くん? なんで? ナニよ、留学って? 全然聞いてないよ」
「ごめん。言おうと思ってたんだけど…イッサになかなか逢えないし」
「電話でもLINEでも、すりゃいいじゃん。
なんで、そんな大事な事、私に黙ってるの?」
自分の事は棚に上げるズルい私、樹深くんを責め立てる。
「…イッサだって。何にも話さなかったじゃん。
もうこの町に住んでない事、俺知らなかったよ?
なんで言わないの? そりゃ、忙しかったんだろうけどさ…
電話でもLINEでも、すりゃいいじゃん」
珍しく、樹深くんも語気が強い。こんな風に言い合いをしたの、初めてかもしれない。
「…ごめんなさい…」
私が悪いのは明らか、俯きながら謝った。
私のそんな様子にハッとなった樹深くん、また、手が伸びかけたけれど、ギリギリの所で触れず、そのまま降ろされた。
「…ごめん…俺も同じって話だよね。
でも、イッサとは…不思議とさ、またいつでも逢えるって、約束なんかなくても逢えるんだって…
変な安心感があったんだよね…
だから、逢った時でいーやって…高括ってた」
同じだ。私と、同じ。
「でも…違うんだな…
元さんが言ってくれなかったら…
俺達は…
……
……」
樹深くんが遠くへ目を泳がせた。
沈黙の間、樹深くんの口から白い息が、上へ舞い上がる。
ドクドク…
変に苦しくない。樹深くんの心の内が少し見えている今は、全然平気。
いっぱい話したい事があったはずなのに、なんだったっけ? ちっとも言葉が出てこない。
掛ける言葉を決めあぐねていると…樹深くんが口を開いた。
「イッサ」
「ん…?」
「言ってもいい?」
「ナニを…?」
という私の言葉に、樹深くんが被せた。
「俺、イッサが好き」
…