〈改稿版〉traverse
15/171ページ
火曜日。
きたいわ屋のもうひとつの勤務日。毎週火曜日は、ラーメンの特価サービスデーなので、いつもよりお客さんの入りが多い。
そして金曜日と違って、お酒を飲まない学生とか若い人ばかり。
「勇実ぃ、醤油と塩、2番テーブルな」
「はぁい。お待ちどおさまです、醤油と、塩です」
元ちゃんからどんぶりを受け取り、ひとつずつ運んでいく。
金曜日の常連のおじさま達との和気あいあいな雰囲気はない。火曜日はとにかく注文取り、どんぶり運び、レジ、テーブル拭きと、忙しく繰り返す。元ちゃんとの漫才タイムもなし。
私が上がる22時に近づくと、パッタリと客足が無くなる。これも火曜日の特徴。
「元ちゃん、今日のお夜食、味噌がいいな」
カウンター席について、元ちゃんにおねだりしてみる。
「オマエなぁ。いっつも味噌味噌で、たまにはウチの看板メニュー食べようって気にならないワケ?」
どっかのガキ大将みたいに口を尖らす元ちゃん、面白過ぎる。
「もやしたっぷりと、バターも忘れないでね」
「このやろ。聞いちゃいねぇし。ワガママ放題だなオイ。ほらよ」
文句を垂れながらも、ちゃんとリクエスト通りのものをくれる元ちゃん、面白過ぎる。
「わー、今日もおいしそー。
元ちゃん、天才ー。
元ちゃん、ありがとー。
スキー」
「ばっ。あほか! オマエは」
冷たいビールを吹き出しそうになって、顔を真っ赤にする元ちゃん、面白過ぎる。
「かっかっか。元は勇実ちゃんに転がされっぱなしだなぁ。
勇実ちゃんは、ほんとにそのタイプの味噌ラーメンが好きだねぇ」
新聞を広げながら、大将が言った。
「うん。味噌といったら、やっぱりこれなの」
ちょっとピリ辛のあっさり味噌スープのラーメン。もやしがたっぷり乗って、バターをスープに溶かしていくのが楽しい。
小さい頃、おばあちゃんに会いに行く時、お父さんが必ず連れていってくれたラーメン屋があって、そこの味噌ラーメンがそういうので、すごく美味しかった。
この商店街にあったお店だったけれど、今はもうない。私の、思い出の味。
…