〈改稿版〉traverse
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無我夢中で商店街を駆け抜ける。
樹深くん。樹深くん。樹深くん。
最後の路上? どういう事? もうここには来ないの?
高を括っていた。どうせ逢えるから。次ばったり逢ったら、その時は恐れずに話そうと。
その時が…訪れないかもしれないんだ…
そう思ったら、喉の奥の奥で、フタが閉まったみたいに詰まって苦しい。
あの場所はまだ? 早く…早く…
あの場所の手前の信号で捕まる。
花金のまだ少し早い時間帯、車がビュンビュン通る。
その向こうを見ると、今まで見たことのない数の人だかりが出来ていた。
多分、私が樹深くんと歌ったあの夏の時より、もっといる。交通警備のスタッフまでいた。
歩行者信号が青になり、人だかりに近づく。一寸の隙間もない、当然|樹深くんの姿は見えない。
でも、樹深くんの歌は聞こえた。よかった、まだ終わってない。
少し先へ行った所に、木を囲った円形のベンチがあって、行儀が悪いけれど、私はその上に立った。
…見えた、樹深くん。
樹深くんもまた、台の上に乗っているみたいで、ギャラリーの上背より頭ひとつ分突き出ていた。
歌い終わって、拍手を浴びている樹深くん。「ありがとうございます、ありがとうございます」と、色んな方向へお辞儀をする。
──その時、バチっと私と目が合った。
こんな舞台の袖のような所を見るとは思わなかったから、心臓が飛び上がった。
ほんの数秒だったけれど、私達は確かに視線を絡めて…
その後、樹深くんが口パクをした。
(お、そ、い)
…