〈改稿版〉traverse

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「勇実」

「え…?」

 しばらくの沈黙の後、ふいに名前を呼ばれて、ドキッとした。

 記憶を辿ってみる…樹深くんが勇実と呼び捨てしたのは、図書館で逢った時と、夏に一緒に歌った時。この二度だけだ。

「勇実。いい名前だよね。
 もしかして、おばあちゃんが付けてくれた?」

「う…ん。よく分かったね。
 ほんの少しの勇気が、実を結びますようにって…」

「フフ…そっかぁ…」

「樹深…も、いい名前だよ?」

 ここで、やっと視線が絡み合う。

 ちょっと見つめ合ってから…樹深くんはふっと笑った。

「そう…? どうなんだろうね…由来なんて聞いたコトないけど…木みたいに、どっしり構えろ! ってコトなのかね?(笑)
 でもね…タツミって付けたいって言ったの、実は姉ちゃんだったらしい」

「えっそうなんだ」

「そう…
 姉ちゃんは…俺の事、ずっと気にしてたなぁ…自分の事よりも…
 樹深は樹深の、やりたいことをすればいい…って」

「そっか…いい…お姉さんだね」

「フフ…そうかな…ありがと…
 多分ね…空のずっとずっと上の方で、喜んじゃってるよ」

 視線を、私から窓の外に移した樹深くん。つられて私も、窓の外を見やる。

 もう少しでまんまるになる月が、とても明るくてきれいで…

 二人で、月を仰いだ。

 私…やっぱり、マッサージの勉強を続けたい。

 きっと、空からおばあちゃんが見ててくれる。

 いつか胸を張って、報告できるように…

 私の決意と、しんと冷えた部屋の空気が、静かに混じり合った。



 ──どのくらい、時間が経ったんだろう。

 うつらうつら…眠くなってきた。樹深くんの肩に掛かる負荷が、だんだんと大きくなる。

「イッサ? 眠い?」

「う…ん。ゴメンネ…久々に…眠気が…」

「いいよ…向こうからお布団運んでこようか?
 …イッサ?」

「……」

 私の意識が落ちた。

 こんなに心から安心して、まどろみながら眠りについたのは、本当に久しぶりだった。





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