〈改稿版〉traverse

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「…う…ううっ…
 …うああ…
 …うわああああ…
 …あああああーー…っ!」

 樹深くんの腕の中で、私の中の何かが崩壊した。

 背中と頭の後ろに置かれた、樹深くんの大きな手のひら。

 ピタリと密着した、お互いの体の前面。

 そこから、樹深くんの体温を感じながら…

 私は樹深くんの鎖骨辺りでやや仰ぎながら、咆哮した。

 目に入るもの全て、涙でゆらゆら揺れて、歪んだ。



 何分…そうしただろう。すぅっと、落ち着いてきた。

 嗚咽がおさまってきて、私は、はあぁっ…と息をつきながら頭を垂れた。

 すると、樹深くんの腕の力が緩んだので、そっと胸を押して間を開けた。

 開けたけど、手は降ろさず…樹深くんのジャケットを、ギュッと掴んだままでいた。

 樹深くんも…緩めただけで、腕はまだ私の体を包んだままだった。

「…お姉さん…? 亡くなったの…?」

 涙をそのままにした目で、樹深くんを見つめる。

「…うん。血液の病気でね。俺が大学を卒業する頃に、病気が見つかって…ずっと、病院暮らしだったんだ」

 それ以上、樹深くんは語らなかった。

 6月…樹深くんと全く逢わなかった時期があった。あの時だったの…?

 久しぶりに逢えた時の、樹深くんの笑顔に違和感があったのを、思い出した。

 樹深くんが、私の涙の流れた跡を親指で拭いながら聞く。

「イッサ? 家に帰れる?」

 私の心臓がドクンとひとつ、イヤな音を立てた。

「…イヤ…こわい…
 …おばあちゃんのいない家…寂しすぎて…
 …ヒトリはコワイ…」

 …今まで、そんな事を思った事なんてなかった。

 おばあちゃんが亡くなって今日まで一度も、思った事なんてなかったのに。

 樹深くんの前で泣いたからなのか、感情が剥き出しになっているみたいだ。

「…そっか」

 樹深くんは私の手をそっと取って、言った。

「…そしたら…俺…
 一緒にいていい?
 イッサがいいなら…傍にいる」

 樹深くんの指が、遠慮がちに、でも強く、私の指先を包み込んだ。





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