〈改稿版〉traverse
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やっぱり自転車じゃないと遠い、やっと、例の場所が見えてきた。
あれ…樹深くんがいる…今日、何曜日だっけ? 樹深くんがいるなら、火曜日か金曜日だよね。
もう、曜日感覚が分からない。
樹深くんの前に2、3人お客さんがいて、樹深くんは彼らに向けて歌っていた。
樹深くんの歌、聴いていこうかな…
手前の信号が赤だったので、ボンヤリ立ち止まりながらそう考えた。
でも、私が信号を渡り終えた時には、樹深くんは歌い終えて、帰りゆくお客さんに「ありがとうございました!」と言っているところだった。
深いお辞儀から頭を上げた樹深くんは、私の姿を見つけて、あっと声を上げた。
「イッサ…?」
樹深くんが、ギターをベンチに置いて私の所に駆け寄る。
「イッサ、元気にしてたの…?
あれから全然…ここでも…喫茶店でも…逢わないし…
マスターから、家の用事でって聞いてたから、その内ひょっこり逢えるとは思ってたけど…
ねえ? 元気にしてたの…?」
何も知らない樹深くん、私を心配してくれてたって痛いほど伝わる。
なんでだろう…
樹深くんの声を聞いたら…
樹深くんの歌声を聴くのとおんなじに…
心が…揺さぶられて…
……
……
蓋をしていたものが一気に噴き出した。
「おばあちゃん、死んじゃった」
…