〈改稿版〉traverse
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「ふふふっ…いいね。ありがとう。僕らには勿体ない気もするけれど」
いや、意外に図星だったぞ! という神田さんの茶々入れをスルーして、
「タツミくん、っていったね。これ、よかったら持ってて。今度、ゆっくり話をしよう」
織田桐さんはお財布の中から一枚カードを抜き取って、それを樹深くんに渡すと、駅の方へ歩いていった。
「おいオダっち? 置いてくなよー。
じゃあな、またいつか聴きに来るからな。頑張れよ。
そっちのおねえちゃんも、仲良くな」
最後まで勘違いしたままの神田さんも、織田桐さんを追いかけて行ってしまった。
「ねぇ…何を貰ったの?」
樹深くんの手の中の、渡されたカードを覗いてみる。
「…名刺」
ボソリと呟いて、樹深くんは黙り込んだまま、名刺に視線を落としていた。
織田桐さんの姓名。連絡先。
そして…レコード会社の名前。聞いた事が無いところだった。
「話…聞いてみたいな」
長いこと名刺を見つめていた樹深くんはまたボソリと呟いて、その日はそれで帰っていった。
花金だったのに、神田さんと織田桐さん以外、人ひとり通らなかった。そんな事もあるんだな。
…