〈改稿版〉traverse

121 /171ページ

前へ 次へ


「ふふふっ…いいね。ありがとう。僕らには勿体ない気もするけれど」

 いや、意外に図星だったぞ! という神田さんの茶々入れをスルーして、

「タツミくん、っていったね。これ、よかったら持ってて。今度、ゆっくり話をしよう」

 織田桐さんはお財布の中から一枚カードを抜き取って、それを樹深くんに渡すと、駅の方へ歩いていった。

「おいオダっち? 置いてくなよー。
 じゃあな、またいつか聴きに来るからな。頑張れよ。
 そっちのおねえちゃんも、仲良くな」

 最後まで勘違いしたままの神田さんも、織田桐さんを追いかけて行ってしまった。

「ねぇ…何を貰ったの?」

 樹深くんの手の中の、渡されたカードを覗いてみる。

「…名刺」

 ボソリと呟いて、樹深くんは黙り込んだまま、名刺に視線を落としていた。

 織田桐さんの姓名。連絡先。

 そして…レコード会社の名前。聞いた事が無いところだった。

「話…聞いてみたいな」

 長いこと名刺を見つめていた樹深くんはまたボソリと呟いて、その日はそれで帰っていった。

 花金だったのに、神田さんと織田桐さん以外、人ひとり通らなかった。そんな事もあるんだな。





121/171ページ
スキ