〈改稿版〉traverse

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「よぅ、にいちゃん。タツミ、でよかったよな?
 まだ、ここで頑張っていたんだな。オレ、嬉しくてな。って、覚えてないよなぁ」

 ハッピーバースデーのおじさんが、私達の視線に気が付いて、こちらに歩み寄ってきた。

「いえ! もちろん、覚えてます。俺の為に歌ってくれた事、忘れませんよ」

「はっは、まじか! ますます嬉しいわ。なぁ聞いたかよ、オダっち。いい子だろ?」

 樹深くんの肩をバシバシ叩きながら、おじさんはガハハと笑った。

 オダっちと呼ばれたもうひとりのおじさんが、苦笑いしながら歩いてきて、

「カンちゃん、フランク過ぎだろうよ。彼、困ってるだろうよ」

 と、ハッピーバースデーのおじさんの手首を持ち上げた。

「ビックリさせて悪かったね。
 いやね、コイツ…神田かんだがな、この辺りにいいシンガーがいるんだぜって言うからさ…
 興味があってね、連れてきて貰ったんだ」

「そうそう! コイツ…織田桐おだぎりと飲むのすごい久しぶりでなぁ、いい気分になっちゃって。
 あぁそういや、あのにいちゃん元気でやってんのかなって、急に思い出してさ」

 あの日と同じ、陽気に笑うハッピーバースデーのおじさん、もとい神田さん。

 やれやれ、といった感じで付き合う、紳士的な雰囲気の織田桐さん。

 正反対のような二人なのに、ウマが合っているのがよく伝わる。長年の友達なんだろうな。

「何か、聴かせてくれないかな? 出来れば…キミのオリジナルを」

 織田桐さんがそう言ったので、私はジャマになるなと思い、端へ捌けようとした。

 すると、樹深くんが私の手首を掴んだ。

 ビックリして振り向くと、お願いするような顔をして、

(横にいて)

 と口パクをする。

 え、どうしたの? 戸惑っていると、神田さんがそれを目ざとく見つけて、

「え? ナニ? お二人さん、もしかして、そういう関係?」

 ニヤニヤしながら聞いてきた。

 バカ、そんな野暮な事聞くんじゃないよと、すぐに織田桐さんに頭をはたかれていたけど。

 違いますけど。友達ですけど。言えばよかったのに、言わなかった。説明がめんどくさい。

(ゴメン)

 また口パクをして、樹深くんは私の手首を離した。

 何に対してのゴメン? 手首を掴んだ事? 横にいてって頼んだ事?

 謝らなくていいよ。友達でしょ。

 でも、樹深くんのゴメンと、離された手首が、少し…寂しかった。

 ナンデダロウ。





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