〈改稿版〉traverse

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「はぁー…寒っ」

 歌い終わるや否や、樹深くんは首を竦めてブルッと震えた。

「ナーニ? 樹深くん、冷え症? そんなに寒いかなぁ」

「まぁそうね…昔から寒がりだよ」

「最近、缶コーヒーよく飲んでるよね。
 よし、そんな頑張ってる樹深くんに、優しい勇実ちゃんがコーヒー買うたるよ~」

「ふっ…ナニその変化球、面白過ぎるんですけど(笑)
 じゃあ、まぁ、ゴチになります」

 すぐ向かいにある自販機へ走っていく。樹深くんはブラックでいいのかな。私は微糖で。

「ハイどーぞ」

「うん、ありがと」

「えっ、樹深くん、微糖がいいの?」

 樹深くんが迷わず微糖の缶を取ったので、ビックリしてしまった。

「うん? 俺、いつも微糖。マズかった?」

「あらそう…微糖、私が飲むつもりで…あーあ、飲んじゃった」

 私がそう言っている間に、樹深くんはあっという間に飲み干してしまった。そんなに急いで飲んじゃって、熱くなかったのかな。

「もういっこは? ブラック? イッサ、飲めないんだっけ?」

「飲めない事はないけど…ちょっと甘味は欲しいよ」

「ふふ…お子様だね、イッサ。まぁ、がんばって。コーヒーの歌歌って応援してあげるから」

「ふんだ、自分だって微糖選んじゃうお子様のクセにぃ…ズズズッ」

 ぶちぶちと文句を言いながらブラックをちびちびと飲む私の傍らで、コーヒーの事を歌ったこれまた古い曲を歌う樹深くん。

 混じりけのない芳しいコーヒーの香りと、樹深くんの歌声、それだけあれば十分だよ。

 歌が終わる頃、私のブラックコーヒーも飲み終わり、ふと視線を移すと、少し離れた所に二人のおじさんが立っていて、こちらを見ながらヒソヒソと話していた。

「──どうよ? なかなか、いいだろ?」

「──うん、そうだなぁ…」

 あれ…なんか、一人、見た事があるような…

「「……あっ!」」

 私達は同時に叫んで、顔を見合わせた。

 私が樹深くんと初めて逢ったあの誕生日の日に、ハッピーバースデーの歌を樹深くんに歌ってくれていた、あのおじさんだった。





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