〈改稿版〉traverse
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「お久しぶりですねぇ、何かリクエストありますか?」
急にお客様対応になるから、思わずぷっと吹き出した。
「もう、樹深くんってば…あぁほんと、久しぶりに来てみましたよ。
じゃあ、そしたら…□□の【○○○○】」
「お、渋いですねぇ。よく知ってるね? だいぶ昔の曲よ?」
「ふふ…お父さんがよく聴いてたよ。夏も過ぎたし、今にピッタリじゃない?
っていうか、樹深くんもよく知ってるね」
「うちの父さんもよく聴いてた。でね、初めてギターで弾いたのが、その曲」
「へえ! そういえば樹深くんって、いつからギターやってるの?」
「本格的に弾きたい! って思って始めたのは中3の時かな。
…って、もう歌っていいですかね?」
「あっゴメンゴメン! どうぞどうぞ」
クスクス笑いながら前奏を弾き始め、一度咳払いをしてから、樹深くんは伸びやかに歌い始めた。
夏の終わりを切なげに、懐かしむように歌われるこの曲は、樹深くんの声にすごく合っていると思った。
目を閉じて歌声を聴きたいところだけど、それはもったいないような気がして、樹深くんをずっと見ていた。
洒落た街灯、二人掛けのベンチ、そして歌う樹深くん。これこそが、ここの風景だと思った。
なんかいいなぁと思って、ふふっと笑みをこぼしていたら、樹深くんと目が合って、
(ナニ笑ってんの?)
と口パクで聞いてきたから、
(いいなーって、思っただけ!)
と口パクで返した。
…